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第二部-失意の先の楽園
61. 楽園で迎える朝
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気が付けばマークスとはずいぶん話し込んでいたらしく、解散した頃には夜明けが近くなっていた。
目を閉じても安心して眠ることはできず、千尋は浅い眠りを繰り返しては何度も目を覚ます。
なるべく体力は使わないようにしたいのだが、こればかりはどうしようもなかった。
レオであればこんな状況下でも最適な睡眠が取れるのだろうが、生憎と千尋は訓練された兵士ではない。
ベッドの中で小さく縮こまり、両手でネックガードをお守りのように握りしめながら不安な時間を過ごした。
夜が明け切り、清々しい朝の空気が森全体を包み込む。
朝霧が薄っすらとたちこめ、朝日が柔らかい光を拡散させていた。
窓を僅かに開け、朝のひんやりとした空気を吸い込んだ千尋は、半分に開けたカーテンの隙間から外の様子を眺め続ける。
時間が経てば霧は晴れ、起き出した住人達が辺りを出歩き始めた。
ふらふらとした足取りの者、忙しなく動く者、テキパキと洗濯物を干したりする者と様々だ。
その様子を眺めながら、マークスに別れ際渡されていたチョコレートバーを小さく齧る。
昨夜から食べていなかった空っぽの胃に、甘さが体に染み込むように広がり溶けていった。
左程大きくないチョコレートバーを食べ終わればまた静かに外を眺める。
――レオが来るのはいつだろうか。
そればかりが頭を過り、必ず来てくれると分かっているのに心が落ち着くことはなかった。
だが左程時間が経つ前に僅かに震えたネックガードに素早く気が付いた千尋は、慌ててボタンを押す。
『よく眠れたか千尋』
耳に届いた慣れ親しんだ低く安定したレオの声に、落ち着かないままだった心がゆっくりと凪いでいく。
「あまり眠れませんでしたが、大丈夫ですよ」
『そうか……今フレッドやニコール達とそちらに向かっている。千尋は安全な場所に居れるか?』
「どうでしょうか。今は通された部屋に居ますが、フレディが来ればどうなるか分かりませんね」
『突入できる時間帯は日が落ちてからだ。それまでは無事でいてくれ』
短く通信を終え、ライリー達にもこのことを伝えようとしたのだが、足音が廊下から聞こえてきて千尋はじっと扉を見つめる。
開かれた先に居たのは、朝から胡散臭い笑みを満面に浮かべるフレディだった。
「おや、まだ寝ているかと思ったんだけど君は早起きなんだね?」
「寝ていると思っているのに入って来るのはどうかと思いますが?」
「ここは僕の楽園だから、僕が何をしようと自由だよ」
促されるまま部屋を出された千尋は、朝食が用意されているダイニングルームへ来た。
昨夜は薄暗かったこの部屋も、カーテンが全て開かれ朝日が入り込めば明るい空間となっていた。
古びているが掃除が行き届き、綺麗なクロスがひかれたテーブルには既に湯気が立った出来立てのスープが置かれていた。
席に着けば、鼻歌を歌いながらフレディがカトラリーで皿を鳴らせば、奥からエプロン姿を着けたマークスが姿を現した。
その手にはパンが乗った皿を持っていて、彼がこの朝食を作っていたのだと分かる。
驚き目を見開いて彼を見ていれば、それを見たフレディは、千尋が彼の顔に驚いたと勘違いしたようだった。
「あぁその子の顔、酷いだろう?」
ケラケラと笑いながら、置かれた食事を食べていくフレディは、最後までマークスを自身の息子であると紹介はしなかった。
体のいい使用人のような扱いを受けるマークスは、しかし慣れたように配膳をしてまた奥に下がっていった。
それだけで彼の扱いが分かると言うものだ。
折角会えたと言うのに、この男の前ではレオが来ることは口が裂けても言えない。
どこかで機会があればいいがとそう考えていれば、並べられた朝食を食べ進めているフレディが口を開く。
「食べないのかい? お腹が空いてるだろうに、我慢はするもんじゃないよ。それとも、アレが作ったのは口に入れたくないのかな?」
カトラリーにすら手を伸ばさず、じっと手を組んだままの千尋にフレディは愉快そうに声を掛ける。
だがそれに答える気はさらさらない。
黙り込んでいる千尋に、フレディは肩を竦めて朝食を食べ進めていった。
目を閉じても安心して眠ることはできず、千尋は浅い眠りを繰り返しては何度も目を覚ます。
なるべく体力は使わないようにしたいのだが、こればかりはどうしようもなかった。
レオであればこんな状況下でも最適な睡眠が取れるのだろうが、生憎と千尋は訓練された兵士ではない。
ベッドの中で小さく縮こまり、両手でネックガードをお守りのように握りしめながら不安な時間を過ごした。
夜が明け切り、清々しい朝の空気が森全体を包み込む。
朝霧が薄っすらとたちこめ、朝日が柔らかい光を拡散させていた。
窓を僅かに開け、朝のひんやりとした空気を吸い込んだ千尋は、半分に開けたカーテンの隙間から外の様子を眺め続ける。
時間が経てば霧は晴れ、起き出した住人達が辺りを出歩き始めた。
ふらふらとした足取りの者、忙しなく動く者、テキパキと洗濯物を干したりする者と様々だ。
その様子を眺めながら、マークスに別れ際渡されていたチョコレートバーを小さく齧る。
昨夜から食べていなかった空っぽの胃に、甘さが体に染み込むように広がり溶けていった。
左程大きくないチョコレートバーを食べ終わればまた静かに外を眺める。
――レオが来るのはいつだろうか。
そればかりが頭を過り、必ず来てくれると分かっているのに心が落ち着くことはなかった。
だが左程時間が経つ前に僅かに震えたネックガードに素早く気が付いた千尋は、慌ててボタンを押す。
『よく眠れたか千尋』
耳に届いた慣れ親しんだ低く安定したレオの声に、落ち着かないままだった心がゆっくりと凪いでいく。
「あまり眠れませんでしたが、大丈夫ですよ」
『そうか……今フレッドやニコール達とそちらに向かっている。千尋は安全な場所に居れるか?』
「どうでしょうか。今は通された部屋に居ますが、フレディが来ればどうなるか分かりませんね」
『突入できる時間帯は日が落ちてからだ。それまでは無事でいてくれ』
短く通信を終え、ライリー達にもこのことを伝えようとしたのだが、足音が廊下から聞こえてきて千尋はじっと扉を見つめる。
開かれた先に居たのは、朝から胡散臭い笑みを満面に浮かべるフレディだった。
「おや、まだ寝ているかと思ったんだけど君は早起きなんだね?」
「寝ていると思っているのに入って来るのはどうかと思いますが?」
「ここは僕の楽園だから、僕が何をしようと自由だよ」
促されるまま部屋を出された千尋は、朝食が用意されているダイニングルームへ来た。
昨夜は薄暗かったこの部屋も、カーテンが全て開かれ朝日が入り込めば明るい空間となっていた。
古びているが掃除が行き届き、綺麗なクロスがひかれたテーブルには既に湯気が立った出来立てのスープが置かれていた。
席に着けば、鼻歌を歌いながらフレディがカトラリーで皿を鳴らせば、奥からエプロン姿を着けたマークスが姿を現した。
その手にはパンが乗った皿を持っていて、彼がこの朝食を作っていたのだと分かる。
驚き目を見開いて彼を見ていれば、それを見たフレディは、千尋が彼の顔に驚いたと勘違いしたようだった。
「あぁその子の顔、酷いだろう?」
ケラケラと笑いながら、置かれた食事を食べていくフレディは、最後までマークスを自身の息子であると紹介はしなかった。
体のいい使用人のような扱いを受けるマークスは、しかし慣れたように配膳をしてまた奥に下がっていった。
それだけで彼の扱いが分かると言うものだ。
折角会えたと言うのに、この男の前ではレオが来ることは口が裂けても言えない。
どこかで機会があればいいがとそう考えていれば、並べられた朝食を食べ進めているフレディが口を開く。
「食べないのかい? お腹が空いてるだろうに、我慢はするもんじゃないよ。それとも、アレが作ったのは口に入れたくないのかな?」
カトラリーにすら手を伸ばさず、じっと手を組んだままの千尋にフレディは愉快そうに声を掛ける。
だがそれに答える気はさらさらない。
黙り込んでいる千尋に、フレディは肩を竦めて朝食を食べ進めていった。
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