運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

27 決意

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 彼らが話終わるのを見計らったかのように、主治医が病室を訪れた。
 マチルドの腹の傷はギリギリの深さで、運良く致命傷には至らなかったようだ。
 だが刺された場所が悪く臓器に傷がついてしまったため、この先子供は望めないだろうと主治医は言う。
 しかしそれでも、命が助かっただけ良いのだとマチルドの両親は主治医に頭を下げている。
 数日以内には目覚めるはずだと言う言葉を聞き、千尋はこれ以上長居することもないと両親達に感謝されながら、病室をあとにすることにした。

 車に乗り込みホテルへ向かう道すがら、千尋もレオをお互いに口数は少なかった。
 未だに運命の切り替わりの衝撃が千尋を苛んで仕方がない。
 溜め息をひとつ吐き、ピルケースから精神安定剤を取り出しそれをミネラルウォーターで飲み下す。
 気休め程度の軽いものだが、飲まないよりかはマシだ。
 ざわつく心を落ち着かせるべく、流れていく背の低い郊外の街並みを眺めていれば、レオの方から薄っすらとフェロモンが香る。
 千尋はレオの無言の優しさに緩く笑みを作ると、それを慣れたように肺いっぱいに吸い込んだ。

 来た道を戻るようにして、静かな郊外から街の喧騒と雑踏の中に戻ってくる。辺りは途端に背の高いビル群に囲まれ、少し前まで開けていた空は狭くなっていた。
 渋滞を縫い進み漸く滞在先のホテルに戻ってくれば、辺りはすっかりと暗くなり、夜の街には灯りがあちらこちらで煌々と灯っている。

 連日の出来事で疲弊している千尋は早く部屋に戻り休みたかった。駐車場に車を停め、ホテルのフロントに出れば運悪く顔見知りのα達と出くわしてしまう。

「今日の会食に君が居ないのは何とも味気なかった、明日は楽しみにしているよ」

 本来参加するはずだった会食は昼間に行われたはずだ。こんな時間まで彼らがいるというのは予想外だ。
 それに目の前の彼らからは、αのフェロモン普段よりもが香っている。混ざりあったそれが強烈な香りとなって千尋を襲っていて気を抜いたら顔を顰めそうなほどだ。
 今すぐにでも部屋に戻り、気を落ち着かせたいというのに何とも魔の悪いことだと千尋は内心歯噛みする。

「すみませんが皆さま、積もるお話はまた明日お願い致します」

 千尋をさりげなく囲み、話を少しでも長引かせようとする彼らに、レオが切り上げるように促した。
 僅かにトーンが下がっているレオの声音に、α達が一瞬たじろぐのを感じる。彼らとて支配者側の強さを持つαであるが、レオに勝てはしないと本能的に悟っているのだろう。
 早くこの場を切り抜けたい千尋としては、レオの配慮は有り難いが、このままでは角が立つ。
 窘めるようにレオの腕をぽんぽんと叩き前に進み出ると、千尋は弱く微笑んだ。

「実は体調が良くなくて……早く休もうかと思っていたんです。皆様にはまた明日、体調を整えてお会いできればと」

 千尋の発言に、彼らはそれ以上踏み込むことはしなかった。

「あぁ、それはすまないことをしたね。今日の楽しみは減ってしまったが、明日会えるのを楽しみにしているよ」

 口々に別れの挨拶を簡単に済ませた彼らは、何事もなかったかのようにその場をあとにする。

「はっ忠実な犬だな」

 去り際に聞こえたレオを嘲笑う言葉に一瞬振り返りそうになるが、レオが千尋の背に当てた手をぐっと押し込み、それを堪えさせた。
 レオの存在を面白く思わない人間も一定数存在する。
 それは単にレオのαとしての格が上であり面白くないというものと、以前より仕事でセーブが掛かることが増えたからだろう。
 精神的な負担から体調を崩すことが増え、予定を後ろ倒しにしたりと日程を組み替えることが増えた。
 何より、千尋の判断が最終的には入るがレオが表だって動くこともある。不満は少しずつ溜まり、こうしてレオに向かうのだ。
 レオは何ともないというが、千尋はそれを申し訳なく思っていた。それと同時によからぬ批判が集まり、レオが護衛から外されることもるかもしれないと不安で堪らない。
 そうでなくても、レオのように四六時中付いて周る護衛が増えても困る。二人きりの空間を壊さるなどたまったものじゃない。
 漸く掴んだ光だがそれ故に千尋は酷く恐れを抱くようにもなっていた。同時に、酷く自分が臆病になってしまったようにも思う。

 滞在する部屋に着くと、千尋はすぐにシャワールームに向かい、熱い湯を頭から被りながら自身を叱咤する。
 未来が切り替わる異常事態に早く慣れろと脳に叩き込むように、昨夜からの一連の出来事を頭の中でリピートする。
 一度あることは二度三度とある。再び同様のことが起きても狼狽えることがないようにしなければならない。
 女神の仮面を被り続けなければいけない千尋は、常に求められる姿でいなければ。そうすることで自らを守り、レオを守るのだ。
 こんなところで立ち止まっては居られない。
――強くあらねば。
 目を閉じ何度も深呼吸を繰り返しながら、千尋は決意を新たにしていた。

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