運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

文字の大きさ
上 下
41 / 98
第二部-失意の先の楽園

25 その感覚は2

しおりを挟む
「彼は、必ず助かります」
「そうだな、きっと助かる。医師達が手を尽くすと言っていただろう?」
「……いえ、必ず助かるんです。私はそれを、レオの家にいる時に確信していました」
「どういうことだ?」

 話が長くなるからと、未だ膝を着いたままのレオを座るように促した千尋は、再びその大きな手を握る。
 自身を落ち着かせるように何度か深呼吸し、怪訝そうに千尋の言葉を待つレオの目を見た。

「あの青年は、アーロン・クロバンスの運命の番です」

 思ったよりも小さく零れたその言葉をレオはしっかりと聞き取ったようで、驚き目を見開いていた。

 昨夜のパーティーでアーロンに声を掛けられた際、そのフェロモンから運命の番達は見えていた。
 その中で“近くに居るけれど良くない運命”それがレオの家で倒れていた青年だったのだ。
 レオの家に近づくにつれ、胸騒ぎが大きくなった。その正体が分からなかったが、レオの家に到着した途端、その正体が分かってしまったのだ。
 ここにアーロンの運命が居るからだと。
 だがそれだけではなかった。
 千尋はあの青年を見た時に確かに感じてしまったのだ。運命が変わる瞬間を。

 それまで青年はアーロンの運命の番の中では、良くない部類の者だった。だが千尋とレオが青年を見つけたことで、彼は運命の番の中で最も良い者になってしまった。
 それがはっきりと分かってしまったのだ。

「そんなことがあり得るのか?」
「分かりません……今までこんなことはありませんでしたから」

 数多くの運命の番の良し悪しを見てきたが、一度たりとも運命が切り替わることなどありはしなかった。
 それ故に千尋はそのことに恐怖を抱いた。途轍もない恐怖をだ。
 震えが大きくなった千尋の手をレオが強く握りしめてくる。少し痛いくらいの強さだが、今の千尋には丁度よかった。

「運命が切り替わった原因は、間違いなく私達があの家に来たからでしょう」

 もしブライアンが千尋の予定を調整していなければ、もしレオがすぐに家に向かわず、夕方や夜にあの家に到着していなければ。
 彼はあの家の屋根裏で一人、儚くなっていただろう。
 レオの家に千尋達があのタイミングで到着したことで、彼は助かる未来を手に入れた。
 前日の夜まで確定していた彼の寿命が延びたことで、相性などの条件から彼はアーロンの運命の番の中で一番良い者になっていたのだ。

 その事実が千尋にとって、どれだけの衝撃だったか。

 もしかしたら、今まで避けていた悪い運命の番の中にもあの青年のような者が居たのかもしれないと考えると、千尋はそれが心底恐ろしくて堪らなかった。

 千尋の仕事はαに運命の番を導き、その運命を変えること。
 今までそうして数多くのα達に運命の番を引き合わせてきた。だが引き合わせなかった運命の番の中に、今回のように未来が変わる者が居たのだとすれば。
 それがα達にとって最良の運命の番だったならば。
 もしかしたら、見殺しにしてきた命もあるのではないかと、そう思えてならないのだ。

「アーロンには、別の運命の番の元へ導くつもりでした。でもあの青年が助かることで、彼がアーロンにとっての最良の運命の番になった……だからアーロンに導かなければいけない運命は彼です」
「待て千尋。本当にあの青年が助かるか分からない、そうだろう? 今まで千尋を励ますために必ず助かると言っていたが、あの具合で助かるのは奇跡に近い。それにアーロンのフェロモンを嗅がないとあの青年が本当に最良の運命になったかどうかなんて、本来分からないはずだ」

 今までになかったことなのだから、とレオは言う。確かにレオの言う通りだと千尋も頭では理解しているのだ。
 しかしあの青年を見たとき。彼のフェロモンが香ったその瞬間、はっきりと運命が変わったと千尋の脳が確信を持って告げていた。

「レオ、これは一体何?」

 押し寄せてくる言い知れぬ恐怖に、千尋はただただレオの手に縋りつくことしかできなかった。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。