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第二部-失意の先の楽園
24 その感覚は
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閑静な住宅街に相応しくないけたたましいサイレンの音が、辺りに響き渡る。
到着した救急車から降りた救急隊員がレオの案内で足早に千尋の元へとくれば、手早く青年の状態を確認してストレッチャーに乗せ運んでいく。
千尋はレオと共に車に乗り込むと、再びサイレンを鳴らして走り出した救急車の後を追いかけた。
助手席に座った千尋は、僅かに震える自身の手に気が付いていた。それを鎮めるように手を僅かに擦り合わせるが、その震えが収まることはない。
ぞわぞわと肌をなぞる気持ちの悪さも増すばかりだ。
「千尋、大丈夫か」
ハンドルを操りながら、千尋の異常を感じ取ったレオが声を掛けくる。その問いに千尋は答えることができなかった。
冷や汗が流れて止まらない。先ほどまで感じていた胸騒ぎを今は感じないにもかかわらずだ。
千尋が何も答えずにいれば、レオは気遣う素振りを見せながらも車を走らせることに集中したようで、車内は沈黙に包まれた。
その街にある大きな病院まで辿り着けば、青年は大急ぎで手術室へ運ばれていく。
千尋とレオはそれを見送ると別室に通され、駆け付けた警察から事情聴取を受けることとなった。
主に警察の質問に答えていたのは、あの家の持ち主であるレオだ。千尋は時折挟まれる問いに軽く答えるだけ。
前日の夜、同じ場所に警察が出動していたこともあり、その時に青年を見つけられなかった警察は、自分達がちゃんと調べていればと悔いているようだった。
事情聴取と言ってもそう時間を取られることもなく終わり、そのまま帰宅しても大丈夫だと言われたが、千尋はそれを断り病院に残ることを選んだ。
事情聴取のために通された面会用の室内。少し小さめなその部屋のブラインドカーテンは全て開けられていて、昼間の強い日差しが室内に射していて暖かい。
沈黙が落ちる室内は、壁に掛けられたアナログ時計の秒針が進む音をやけに大きく響いている。
千尋は簡易な椅子に座って目を瞑り、手を固く組んだまま顔を伏せていた。どれぐらいそうしていたか、直ぐ近くでことりと音が聞こえ僅かに顔を上げる。
視線の先には湯気が上がるコーヒーカップが置かれていた。
「本当は蜂蜜入りの紅茶が良いんだろうが、生憎ここにはこれしかないからな」
どうやらレオが知らぬ間に他の護衛に頼み持ってこさせたらしい。促されるまま一口含めば、途端に味が薄いのにえぐみが口の中に広がった。
思わず顔を顰めれば、レオが苦笑したのが分かる。お陰で沈んでいた思考が現実に引き戻された。
「ギリギリだっただろうが、彼は運が良い。きっとあの青年なら大丈夫だ」
レオが元気づけようと跪き、再び組まれた千尋の手を上から包み込むように重ねる。千尋より高い体温がジワリと冷えた手を温めていくようだった。
「それにあれだけ血で汚れたのを見れば、気分が落ちても仕方が――」
「いえ、血は……テロの時に慣れました」
レオの言葉に千尋はそうではないのだと首を僅かに振る。大量の血はかつて巻き込まれたテロで無理やり慣らされた。
傷口を見たわけでもなく、赤黒く変色したシャツだけならば耐えられる。
「では何か、別の理由があるのか?」
片眉を器用に上げたレオが、探るようにグレーの瞳が千尋を覗き込む。
小さく何度も口を開け閉めした千尋はレオの手を取り握り返すと、意を決して口を開いた。
到着した救急車から降りた救急隊員がレオの案内で足早に千尋の元へとくれば、手早く青年の状態を確認してストレッチャーに乗せ運んでいく。
千尋はレオと共に車に乗り込むと、再びサイレンを鳴らして走り出した救急車の後を追いかけた。
助手席に座った千尋は、僅かに震える自身の手に気が付いていた。それを鎮めるように手を僅かに擦り合わせるが、その震えが収まることはない。
ぞわぞわと肌をなぞる気持ちの悪さも増すばかりだ。
「千尋、大丈夫か」
ハンドルを操りながら、千尋の異常を感じ取ったレオが声を掛けくる。その問いに千尋は答えることができなかった。
冷や汗が流れて止まらない。先ほどまで感じていた胸騒ぎを今は感じないにもかかわらずだ。
千尋が何も答えずにいれば、レオは気遣う素振りを見せながらも車を走らせることに集中したようで、車内は沈黙に包まれた。
その街にある大きな病院まで辿り着けば、青年は大急ぎで手術室へ運ばれていく。
千尋とレオはそれを見送ると別室に通され、駆け付けた警察から事情聴取を受けることとなった。
主に警察の質問に答えていたのは、あの家の持ち主であるレオだ。千尋は時折挟まれる問いに軽く答えるだけ。
前日の夜、同じ場所に警察が出動していたこともあり、その時に青年を見つけられなかった警察は、自分達がちゃんと調べていればと悔いているようだった。
事情聴取と言ってもそう時間を取られることもなく終わり、そのまま帰宅しても大丈夫だと言われたが、千尋はそれを断り病院に残ることを選んだ。
事情聴取のために通された面会用の室内。少し小さめなその部屋のブラインドカーテンは全て開けられていて、昼間の強い日差しが室内に射していて暖かい。
沈黙が落ちる室内は、壁に掛けられたアナログ時計の秒針が進む音をやけに大きく響いている。
千尋は簡易な椅子に座って目を瞑り、手を固く組んだまま顔を伏せていた。どれぐらいそうしていたか、直ぐ近くでことりと音が聞こえ僅かに顔を上げる。
視線の先には湯気が上がるコーヒーカップが置かれていた。
「本当は蜂蜜入りの紅茶が良いんだろうが、生憎ここにはこれしかないからな」
どうやらレオが知らぬ間に他の護衛に頼み持ってこさせたらしい。促されるまま一口含めば、途端に味が薄いのにえぐみが口の中に広がった。
思わず顔を顰めれば、レオが苦笑したのが分かる。お陰で沈んでいた思考が現実に引き戻された。
「ギリギリだっただろうが、彼は運が良い。きっとあの青年なら大丈夫だ」
レオが元気づけようと跪き、再び組まれた千尋の手を上から包み込むように重ねる。千尋より高い体温がジワリと冷えた手を温めていくようだった。
「それにあれだけ血で汚れたのを見れば、気分が落ちても仕方が――」
「いえ、血は……テロの時に慣れました」
レオの言葉に千尋はそうではないのだと首を僅かに振る。大量の血はかつて巻き込まれたテロで無理やり慣らされた。
傷口を見たわけでもなく、赤黒く変色したシャツだけならば耐えられる。
「では何か、別の理由があるのか?」
片眉を器用に上げたレオが、探るようにグレーの瞳が千尋を覗き込む。
小さく何度も口を開け閉めした千尋はレオの手を取り握り返すと、意を決して口を開いた。
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