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第二部-失意の先の楽園
21 問題と嫌悪
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「あぁ、やっと来たか! まったくこの私の電話を無視していいのは、千尋と私の家族だけなんだがね?」
会場に戻れば未だパーティーは盛況で、入り口付近でレオと千尋の到着を待ち構えていたブライアンの側近に連れられ、一直線に彼の元に連れていかれた。
他の招待客達から妨害を受けないので、混雑する会場内の移動もスムーズだ。
ブライアンは少しおどけながら、レオ達の漸くの到着にやれやれと肩をすくめてみせた。
「申し訳ございません大統領、火急の要件でしょうか?」
「まぁその通りかな。レオ、こちらでの家を手放してなかっただろう」
そう言われたレオは、すっかり忘れていたかつての住まいを思い出す。独り身にしては贅沢な一軒家、それがレオの元々の家だった。
「すぐに千尋の元へ行きましたし、その後も忙しかったのですっかり忘れていました」
「そこは私も悪かったよ。それでだ、君の家で子供達が盛大なパーティーをやったみたいなんだよね」
「……あぁなるほど、わかりました。それはいつです?」
「三時間くらい前だそうだよ。家主が君だろう? それで私の所まですぐに報告が上がってきたと言うわけさ」
みんな優秀だね? と笑うブライアンに、レオは頭が痛いとばかりに蟀谷に手を当てた。
「勝手に家に入って子供がパーティー? そんなことがあるなんて……」
「ずっと空き家だとまぁ、あることだ。知らない間に別人が住み着いていたりだとかな」
「そんなこともあるんですか」
「その場合、家の中は無事だとは言えないよ。なぁレオ」
「家の中がどうなっているか、想像したくないですね」
住宅街から少し離れた場所にある家だ。子供が羽目を外すにはもってこいの場所となっているはずで。
千尋は驚いたようにブライアンから話を聞いている。それもそうだろう。この国では空き家への不法侵入はさほど珍しいものではないのだが、千尋の生まれ育った国ではそうではない。
さてどうしたものかとレオが考える間もなく、ブライアンが翌日の予定を調整してくれたようで、丸一日の空きができていた。
個人的な用件で千尋の予定を崩してしまうことを心苦しく思ってしまうレオだったが、こればかりはどうしようもない。
寧ろ、この国に滞在していて尚且つ、ブライアンの采配で予定が動かせると言う最高のタイミングではあるのだ。
三人で暫く話込んでいれば、近くでそわそわと落ち着かない様子で千尋を見ている人物がいることにレオは気がついた。
その人物が四件先の依頼主だと思い出したレオは、ブライアンの相手はもう大丈夫だろうと判断し千尋へ声をかける。
「いけるか千尋」
「えぇ、彼で最後にすれば丁度良い時間でしょうから」
千尋がその人物に視線を向けて微笑めば、どこかほっとした表情をしながら足早に彼はやってきた。
「話の途中にすまないね、千尋君」
スラリとした背の高い、ブライアンと歳の頃が似た男性――アーロン・クロバンスは、千尋の分の飲み物も持ってきており、それを手渡しながらもどこか落ち着かない様子を見せている。
不思議そうに千尋が首を僅かに傾げれば、アーロンは持っていたワインで喉を潤してから喋りだす。
「あぁ、本当に……年甲斐もなく落ち着かなくてすまない」
「恥ずかしいことではありませんよ。運命の番に会える喜びに年齢は関係ないと思いますしね」
千尋が穏やかにそう言葉にすれば、眉を下げたアーロンが照れたように頬をかく。こうしたやり取りは珍しいものではない。
運命の番に会える順番が近づけば近づくほど、依頼主達はそれだけ心を躍らせる。千尋に会える機会があればこうして挨拶に訪れ、その幸せを噛みしめるのだ。
レオはそれを見る度に嘲笑いたくなる。確かに千尋が導く運命はどれも彼らにとって最上のものであるが、自らの意志で千尋を選び取ったレオからしてみれば、茶番のように見えてしまうからだ。
彼らの幸せを否定する気はないが、運命に絡めとられている彼らはどうしても愚かしい。
事前の調査によれば目の前にいるアーロンは、数年前に病で妻を亡くしている。相思相愛であったというのに、すぐに千尋に依頼を出している辺りに寒気がする。
周りからの説得もあって、立ち直ってから前を向くためにという名目で依頼は出されているのだが、果たしてそれが真意だろうか、と。
千尋に導いてもらいたいからと、パートナーとの強制的な婚姻等の解消は禁止事項の一つだ。これを守れない者は依頼から外されるし、何年経とうとも依頼が受理されることはない。
勿論調査で問題がないと判断されているアーロンは、そんなことはしていないのだが。しかしそう簡単に愛した者を忘れ、運命の番へ行こうとするその心情がレオには分からない。
アーロンとその妻が、仲睦まじくパーティーに訪れているのをレオは何度か見たことがあるから余計にそう感じてしまうのだろう。
――だから気持ちが悪いんだ。とレオは内心で独り言ちる。
運命の気味の悪さを知っている身からすれば、それを欲する人々は本当の意味での愛を知らないのではないか。
抗った先にあるものこそが強い絆で結ばれるのだとレオも千尋も確信している。
女神の仮面を上手くかぶる千尋を眺めつつ、何度聞いても代り映えのしない依頼主とのやり取りを聞き流しながら、レオは時計を見やり解除から上手く離脱するタイミングを計るのだった。
会場に戻れば未だパーティーは盛況で、入り口付近でレオと千尋の到着を待ち構えていたブライアンの側近に連れられ、一直線に彼の元に連れていかれた。
他の招待客達から妨害を受けないので、混雑する会場内の移動もスムーズだ。
ブライアンは少しおどけながら、レオ達の漸くの到着にやれやれと肩をすくめてみせた。
「申し訳ございません大統領、火急の要件でしょうか?」
「まぁその通りかな。レオ、こちらでの家を手放してなかっただろう」
そう言われたレオは、すっかり忘れていたかつての住まいを思い出す。独り身にしては贅沢な一軒家、それがレオの元々の家だった。
「すぐに千尋の元へ行きましたし、その後も忙しかったのですっかり忘れていました」
「そこは私も悪かったよ。それでだ、君の家で子供達が盛大なパーティーをやったみたいなんだよね」
「……あぁなるほど、わかりました。それはいつです?」
「三時間くらい前だそうだよ。家主が君だろう? それで私の所まですぐに報告が上がってきたと言うわけさ」
みんな優秀だね? と笑うブライアンに、レオは頭が痛いとばかりに蟀谷に手を当てた。
「勝手に家に入って子供がパーティー? そんなことがあるなんて……」
「ずっと空き家だとまぁ、あることだ。知らない間に別人が住み着いていたりだとかな」
「そんなこともあるんですか」
「その場合、家の中は無事だとは言えないよ。なぁレオ」
「家の中がどうなっているか、想像したくないですね」
住宅街から少し離れた場所にある家だ。子供が羽目を外すにはもってこいの場所となっているはずで。
千尋は驚いたようにブライアンから話を聞いている。それもそうだろう。この国では空き家への不法侵入はさほど珍しいものではないのだが、千尋の生まれ育った国ではそうではない。
さてどうしたものかとレオが考える間もなく、ブライアンが翌日の予定を調整してくれたようで、丸一日の空きができていた。
個人的な用件で千尋の予定を崩してしまうことを心苦しく思ってしまうレオだったが、こればかりはどうしようもない。
寧ろ、この国に滞在していて尚且つ、ブライアンの采配で予定が動かせると言う最高のタイミングではあるのだ。
三人で暫く話込んでいれば、近くでそわそわと落ち着かない様子で千尋を見ている人物がいることにレオは気がついた。
その人物が四件先の依頼主だと思い出したレオは、ブライアンの相手はもう大丈夫だろうと判断し千尋へ声をかける。
「いけるか千尋」
「えぇ、彼で最後にすれば丁度良い時間でしょうから」
千尋がその人物に視線を向けて微笑めば、どこかほっとした表情をしながら足早に彼はやってきた。
「話の途中にすまないね、千尋君」
スラリとした背の高い、ブライアンと歳の頃が似た男性――アーロン・クロバンスは、千尋の分の飲み物も持ってきており、それを手渡しながらもどこか落ち着かない様子を見せている。
不思議そうに千尋が首を僅かに傾げれば、アーロンは持っていたワインで喉を潤してから喋りだす。
「あぁ、本当に……年甲斐もなく落ち着かなくてすまない」
「恥ずかしいことではありませんよ。運命の番に会える喜びに年齢は関係ないと思いますしね」
千尋が穏やかにそう言葉にすれば、眉を下げたアーロンが照れたように頬をかく。こうしたやり取りは珍しいものではない。
運命の番に会える順番が近づけば近づくほど、依頼主達はそれだけ心を躍らせる。千尋に会える機会があればこうして挨拶に訪れ、その幸せを噛みしめるのだ。
レオはそれを見る度に嘲笑いたくなる。確かに千尋が導く運命はどれも彼らにとって最上のものであるが、自らの意志で千尋を選び取ったレオからしてみれば、茶番のように見えてしまうからだ。
彼らの幸せを否定する気はないが、運命に絡めとられている彼らはどうしても愚かしい。
事前の調査によれば目の前にいるアーロンは、数年前に病で妻を亡くしている。相思相愛であったというのに、すぐに千尋に依頼を出している辺りに寒気がする。
周りからの説得もあって、立ち直ってから前を向くためにという名目で依頼は出されているのだが、果たしてそれが真意だろうか、と。
千尋に導いてもらいたいからと、パートナーとの強制的な婚姻等の解消は禁止事項の一つだ。これを守れない者は依頼から外されるし、何年経とうとも依頼が受理されることはない。
勿論調査で問題がないと判断されているアーロンは、そんなことはしていないのだが。しかしそう簡単に愛した者を忘れ、運命の番へ行こうとするその心情がレオには分からない。
アーロンとその妻が、仲睦まじくパーティーに訪れているのをレオは何度か見たことがあるから余計にそう感じてしまうのだろう。
――だから気持ちが悪いんだ。とレオは内心で独り言ちる。
運命の気味の悪さを知っている身からすれば、それを欲する人々は本当の意味での愛を知らないのではないか。
抗った先にあるものこそが強い絆で結ばれるのだとレオも千尋も確信している。
女神の仮面を上手くかぶる千尋を眺めつつ、何度聞いても代り映えのしない依頼主とのやり取りを聞き流しながら、レオは時計を見やり解除から上手く離脱するタイミングを計るのだった。
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