20 / 98
第二部-失意の先の楽園
04 望まれる力
しおりを挟む
クレアとの打ち合わせを終えた二人は、再び車に乗り込むと今度は別のα達に会うために移動する。
進行する仕事以外のα達との会食や交流もある意味千尋にとっては仕事の一つと言えた。
喧騒が和らぐ車中で一人、物思いにふけっていればレオの低い声音が響く。
「浮かない顔だな千尋」
そうレオに聞かれた千尋は、眉を少し下げ力なく笑むしかできなかった。
「ショーンの言ったことは気にする必要はない……と言ったところで千尋は気にするのだろうが」
「頭ではわかっているんですけどね」
深く息を吐いた千尋は、横に座るレオの肩に頭を乗せて寄りかかる。すかさずレオが腰に手を回し千尋が安定するように固定した。
千尋がショーンの問に答えた後で理由を聞いたところ、ショーンはぽつりぽつりと話し出した。
この企画をクレアが提案した当初、ライリーはとても素敵だと大賛成したようだ。
千尋に運命の番を探してもらうには、長い順番を待たなければならない。それがこの企画で一気に十五人もの若者が運命の元に導かれ、その中には弟であるショーンも含まれていた。
そのことに自分のことのように喜んでいたと言うのだが、デビュタントに出る者が選定されるにつれ、ライリーの様子に変化があったのだと言う。
それに気が付いたのはショーンの親友であり、今回のデビュタントにも参加しているトマス・ミュラーに運命の番を引き合わせた後だった。
最初は気が付かなかったが、ショーンに届くトマスからのメールや電話の話を避けるようになり、段々と笑顔が消えていったのだと言う。
どうしたのかと聞き出そうにも、ライリーがそのことについて話すことは一切なかった。
クレアとショーンとで話し合った結果、ライリーはトマスのことを想っていたのではないか……と言う結論に達したそうだ。
これについて二人は全く気が付かなかったというし、今でも本当にそうであるのか本人には否定されているのでわからないらしい。
そう言った経緯があり、ショーンは姉を想う心から千尋にΩのフェロモンから運命の番を探せないのか聞いてきたのだった。
クレアは千尋にこのことを聞いてはこない。娘のことは大事だが、千尋からの回答が分かりきっているからだ。
「女神だなんだと持て囃されたところで、結局はαの運命しか見つけられないですからね。そんな者は神でも何でもないでしょう?」
「そうかもしれないが、αにとって唯一の女神であることに変わりない。千尋はΩも運命の元へ導けたらと、そう思うのか?」
レオに問われ、果たして自分はどう考えているのだろうかと目を閉じ自問する。
確かにΩを運命の番の元へと導けたら仕事の幅が広がり、尚且つ度々ある今回のような問いかけをされることも無くなるだろう。
しかし、それ以上に千尋の精神的負担は大きくなるのだ。
元より運命の番を好んでいない千尋だが、仕事であるからと割り切っている。
だが時として、どんなに厳しい条件が課されようとも、こうした事態は起きてしまうのだ。周りの者すべての事情を把握するのは難しい。
それをできたとしても、内に秘められた本人しか知らない想いは調べようがないからだ。
千尋の仕事はαを運命の番の元へと導くこと。それは即ち、彼らの運命もその周りの運命すらも変えてしまうということ。
簡単ではあるが、簡単ではない。千尋が背負う業が、こうして小さくたが確実に降り積もっていく。
それを更にΩをも、となればどうなるだろうか。確かに救われる人は増えるかもしれない。捨て置かれた側の気持ちは実体験したからこそ痛いほどに分かる。それにαのみに与えられている恩恵の大きさも理解し、Ωとの格差も理解している。
それを分かった上でその能力が欲しいかと問われれば、千尋は欲しいとは思えなかった。
「その力があったとしても、嬉しいとは思いませんね。運命を捻じ曲げているのは変わりませんが、負担はその分増えますし」
「そうだろうな。私はこれ以上千尋の負担は増えて欲しくない」
回されたレオの手が、千尋の腹を優しくまるで赤子をあやすようにぽんぽんと叩く。その手に自身の手を這わせ、千尋はレオの手の感触を確かめるように絡めた。
「もしその能力があれば、私の残りの運命の番が分かるかもしれませんね?」
そう零せばレオがぱちりと目を瞬き、次の瞬間には瞳に仄暗い火を灯す。
「それは良いな。どこにいるかわからない千尋の運命に怯えなくて済む」
「排除するんですか?」
「それは勿論。また千尋が苦しむ姿なんて見たくはないからな」
くすくすと小さな笑い声を思わず上げてしまう。笑ってはいるものの、本気でそうっているレオの言葉はとても物騒だ。
しかしそれほどまでに自身を欲し、執着を示してくれているという事実の方が千尋にとってはこの上なく嬉しいものだった。
知らない相手の未来を消してしまおうというのだから、人の欲とはまったく恐ろしいものである。
結局人は、自分自身が一番可愛いのだ。
先ほどまではΩの運命の番を分かったところで面倒事が増えるだけだと考えていたが、レオの言葉で今はそれも良いことかもしれないと僅かにでも思ってしまう。
絡められた手が強く握られふと顔を上げれば、グレーの瞳に捕らわれた。
どちらからともなく近づき、唇を合わせる。お互いの熱を確かめ合うようにして合わさる口づけが千尋は好きだった。
これはレオも同じだろう。
後部座席に並んで座る二人の距離は護衛とその対象者の近さを超えているが、二人は気にせずそのまま暫く離れることはなかった。
運転席と後部座席の間はスモークの板が張られてあり、運転手とその横に座る護衛には見えない。
二人は甘く溶けるような、しかし暗い光をお互いに灯しながら時間を潰すのだった。
進行する仕事以外のα達との会食や交流もある意味千尋にとっては仕事の一つと言えた。
喧騒が和らぐ車中で一人、物思いにふけっていればレオの低い声音が響く。
「浮かない顔だな千尋」
そうレオに聞かれた千尋は、眉を少し下げ力なく笑むしかできなかった。
「ショーンの言ったことは気にする必要はない……と言ったところで千尋は気にするのだろうが」
「頭ではわかっているんですけどね」
深く息を吐いた千尋は、横に座るレオの肩に頭を乗せて寄りかかる。すかさずレオが腰に手を回し千尋が安定するように固定した。
千尋がショーンの問に答えた後で理由を聞いたところ、ショーンはぽつりぽつりと話し出した。
この企画をクレアが提案した当初、ライリーはとても素敵だと大賛成したようだ。
千尋に運命の番を探してもらうには、長い順番を待たなければならない。それがこの企画で一気に十五人もの若者が運命の元に導かれ、その中には弟であるショーンも含まれていた。
そのことに自分のことのように喜んでいたと言うのだが、デビュタントに出る者が選定されるにつれ、ライリーの様子に変化があったのだと言う。
それに気が付いたのはショーンの親友であり、今回のデビュタントにも参加しているトマス・ミュラーに運命の番を引き合わせた後だった。
最初は気が付かなかったが、ショーンに届くトマスからのメールや電話の話を避けるようになり、段々と笑顔が消えていったのだと言う。
どうしたのかと聞き出そうにも、ライリーがそのことについて話すことは一切なかった。
クレアとショーンとで話し合った結果、ライリーはトマスのことを想っていたのではないか……と言う結論に達したそうだ。
これについて二人は全く気が付かなかったというし、今でも本当にそうであるのか本人には否定されているのでわからないらしい。
そう言った経緯があり、ショーンは姉を想う心から千尋にΩのフェロモンから運命の番を探せないのか聞いてきたのだった。
クレアは千尋にこのことを聞いてはこない。娘のことは大事だが、千尋からの回答が分かりきっているからだ。
「女神だなんだと持て囃されたところで、結局はαの運命しか見つけられないですからね。そんな者は神でも何でもないでしょう?」
「そうかもしれないが、αにとって唯一の女神であることに変わりない。千尋はΩも運命の元へ導けたらと、そう思うのか?」
レオに問われ、果たして自分はどう考えているのだろうかと目を閉じ自問する。
確かにΩを運命の番の元へと導けたら仕事の幅が広がり、尚且つ度々ある今回のような問いかけをされることも無くなるだろう。
しかし、それ以上に千尋の精神的負担は大きくなるのだ。
元より運命の番を好んでいない千尋だが、仕事であるからと割り切っている。
だが時として、どんなに厳しい条件が課されようとも、こうした事態は起きてしまうのだ。周りの者すべての事情を把握するのは難しい。
それをできたとしても、内に秘められた本人しか知らない想いは調べようがないからだ。
千尋の仕事はαを運命の番の元へと導くこと。それは即ち、彼らの運命もその周りの運命すらも変えてしまうということ。
簡単ではあるが、簡単ではない。千尋が背負う業が、こうして小さくたが確実に降り積もっていく。
それを更にΩをも、となればどうなるだろうか。確かに救われる人は増えるかもしれない。捨て置かれた側の気持ちは実体験したからこそ痛いほどに分かる。それにαのみに与えられている恩恵の大きさも理解し、Ωとの格差も理解している。
それを分かった上でその能力が欲しいかと問われれば、千尋は欲しいとは思えなかった。
「その力があったとしても、嬉しいとは思いませんね。運命を捻じ曲げているのは変わりませんが、負担はその分増えますし」
「そうだろうな。私はこれ以上千尋の負担は増えて欲しくない」
回されたレオの手が、千尋の腹を優しくまるで赤子をあやすようにぽんぽんと叩く。その手に自身の手を這わせ、千尋はレオの手の感触を確かめるように絡めた。
「もしその能力があれば、私の残りの運命の番が分かるかもしれませんね?」
そう零せばレオがぱちりと目を瞬き、次の瞬間には瞳に仄暗い火を灯す。
「それは良いな。どこにいるかわからない千尋の運命に怯えなくて済む」
「排除するんですか?」
「それは勿論。また千尋が苦しむ姿なんて見たくはないからな」
くすくすと小さな笑い声を思わず上げてしまう。笑ってはいるものの、本気でそうっているレオの言葉はとても物騒だ。
しかしそれほどまでに自身を欲し、執着を示してくれているという事実の方が千尋にとってはこの上なく嬉しいものだった。
知らない相手の未来を消してしまおうというのだから、人の欲とはまったく恐ろしいものである。
結局人は、自分自身が一番可愛いのだ。
先ほどまではΩの運命の番を分かったところで面倒事が増えるだけだと考えていたが、レオの言葉で今はそれも良いことかもしれないと僅かにでも思ってしまう。
絡められた手が強く握られふと顔を上げれば、グレーの瞳に捕らわれた。
どちらからともなく近づき、唇を合わせる。お互いの熱を確かめ合うようにして合わさる口づけが千尋は好きだった。
これはレオも同じだろう。
後部座席に並んで座る二人の距離は護衛とその対象者の近さを超えているが、二人は気にせずそのまま暫く離れることはなかった。
運転席と後部座席の間はスモークの板が張られてあり、運転手とその横に座る護衛には見えない。
二人は甘く溶けるような、しかし暗い光をお互いに灯しながら時間を潰すのだった。
0
お気に入りに追加
1,633
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜
MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね?
前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!
後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛
※独自のオメガバース設定有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。