運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

文字の大きさ
上 下
95 / 98
【 番外編 SS 】

トレーニング

しおりを挟む
「ねぇ千尋」

 ソファの上で千尋を膝に乗せ抱き込んでいた成瀬は、眉根を僅かに寄せ幾分か低い声音で千尋を呼んだ。その呼び掛けに千尋は少し驚きながら、成瀬に顔を向ける。

「な、なに?」

 目を合わせてきた千尋に成瀬は口を少しばかりもごつかせると、意を決したように口を開いた。

「もしかして千尋……少し太ったんじゃない?」

「なっ……!!」

 成瀬の発言にビックリとした後、顔を赤くさせた千尋に追い打ちをかけるように、リビングへと戻って来たレオが神妙な顔をしながら成瀬に話しかけた。

「やはり成瀬もそう思うか? 私そうじゃないかと思ってたんだが」

「去年は色々あったせいでいつもより痩せすぎで心配していたんだけど……いきなり増えすぎるのは良くないからね。 千尋は気が付かなかった?」

 赤くなる顔を成瀬とレオに覗き込まれた千尋は、ぐぅ……と眉を寄せる。己の体だ、気が付かないわけがない。風呂に入った時や、少しばかりきつさがある様に感じるスラックスを毎日履いていれば、嫌でもその事が頭を過っていた。
 しかし自分で気が付くのと指摘されるのとでは話は別で、言わずにはいられない程に増えてしまったのかと千尋は羞恥に包まれ、成瀬とレオを八つ当たりの様に睨んでしまう。

「そうかなとは思ってたけど、二人に言われるぐらいまでとは……」

「どんな姿でも私は好きだけれどね、あんまり増えるときっと仕事的には困るだろう?」

 そう言われ確かにこのまま増えて行けば”女神”としての姿を讃えているα達からの受けは良くは無いだろうと思い至った。それに加え、近しい二人に指摘されただけでも羞恥心が大変な事になっていると言うのに、他人から言われでもしたら居た堪れないどころではない。
 表立って指摘してくる者達など居ないとは思うが、千尋の服を一から仕立てているミシェイル辺りに知られれば、いつの間にか周りに広まり、送られてくる服のサイズが変わっていたりすれば、直接指摘されるよりも居た堪れなさは倍増するに違いないのだ。

 眉間に皺を寄せ考え込んでしまった千尋に、成瀬は頭を撫でながら落ち着かせるように背をポンポンと叩く。レオは新しく入れた紅茶を千尋に差し出した。
 その紅茶を受け取りながら千尋ははたと何かに思い至った様にレオに視線を向ける。

「レオは私と同じ生活をしていますけど、変わってないですよね?」

 確認するようにレオの体を見ながら、夜ベッドの上で千尋と裸で睦み合うレオの体を思い出すも、やはり変わらず鍛え上げられていて、弛む事が無い体であった事を思い出す。
 同じ食生活で、寧ろ食べる量などはレオの方が多いと言うのにこの差は一体何なのだろうかと千尋はレオを見ながら首を傾げた。

「トレーニングを欠かしてないからな」

「そんな事いつしてるんですか? 見た事ないですけど」

「千尋が寝た後だな」

「何それずるい……」

 千尋の思わず漏れた言葉に堪らずレオと成瀬はくつくつと笑い出す。

「これでも千尋の護衛だからな、いざと言う時に動けない護衛なんて職務怠慢だ。気になるなら千尋もこれからは一緒にやればいい。 何なら今からやるか?」

 そう言ったレオに千尋は気合を入れた顔をして、成瀬の膝から降りた。千尋が離れた為にムッとした成瀬を見たレオは、どうせならと成瀬も巻き込み三人で運動をする事になった。



 連れられるままレオの部屋に向かえば、そこにはランニングマシーンや見ただけでも重いだろうとわかるダンベル等が置いてあり、どうやらレオはそれを使い毎日鍛えているようだった。

「レオがやってるトレーニングはどんなものなんですか?」

 見た方が早いだろうと、レオは徐にダンベルを床に並べそれを掴み逆立ちすると、そのまま腕立て伏せを始めた。ビックリと目を丸くする二人をよそに、レオは十回程やると体を元に戻し、今度は近くにあった踏み台を飛び越えたあと腕立て伏せをすると言う動きを繰り返し、それが終わればすぐにダンベルを太腿に挟むと懸垂をしだす。

 それからおよそ普通の人は出来ないであろう動作を涼しい顔でやってのけていく。一通りの動きを終えたレオが二人を見れば、あからさまに引き攣った顔を向けられた。

「まさかこれを千尋にやらせる気じゃないだろうね?」

「これは私が居た部隊がやってたトレーニングの一つだから千尋には向かないだろう」

「よ、よかった……」

 ほっとした表情を見せた千尋にレオは苦笑する。
 千尋と成瀬にはそれから短時間やるだけでも体に負荷が掛かる様な筋トレを教えていった。しかし運動不足の二人には軽いそれでも随分と疲れたらしく、すぐに息が上がり床の上に体を投げだしてしまう。

「……身に染みて運動不足を痛感した……こんなに体が動かなくなってるだなんて……ショックだな」

 元々運動が得意な成瀬は自身の体の変化に驚き項垂れた、歳のせいもあるだろうがレオの方が成瀬より年が上である為、単なる運動不足であるのは明白だった。
 そんな成瀬の横で既に体が悲鳴を上げている千尋は、涼しい顔をしているレオがいかに毎日トレーニングを欠かしていないか、その凄さに舌を巻いた。
 レオの様子をキラキラした目で見る千尋に、成瀬は面白くないと内心で独り言ちた。ただでさえレオに千尋を取られて面白くないと言うのに、このまま体が衰えていき、千尋にレオと比べられたら立ち直れないだろう。

「決めた、俺は明日からジムに行く。」

「えっなる君が行くなら僕も行こうかな……」

 既に筋トレに対して心が折れそうになっていた千尋は、成瀬がジム通いを宣言した為に、成瀬と一緒であるならば続けられそうな気がしてしまった。

「千尋も一緒に通ってくれるなら嬉しいな、そうだ! お揃いのウェアでも買おうか?」

「わぁ! すごく楽しそう!」

 盛り上がり始めた二人を見てレオは微笑ましく思う。

「レオも勿論お揃いにしましょうね?」

「あぁ、揃えたら楽しそうだな?」

「千尋!? 流石にレオともお揃いは嫌なんだけど……」

 おろおろと千尋を見る成瀬に、千尋はころころと可愛らしい笑い声を上げた。











 久しぶりに番外編SSを上げれましたー!
 
 エントリーしていたBL大賞では大賞候補8作品に残る事ができ、結果奨励賞を頂く事が出来ました。読んで頂いた皆様、投票していただいた皆様、本当にありがとうございました!

 これからもSSは上げたいと思いますので、引き続き楽しんで頂けたらと思います。
 そして新作ですが、今月中には公開出来たらいいなぁと思っておりますので、その際はそちらも楽しんで頂けたら嬉しいです。
しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。