上 下
89 / 95

89 騒乱

しおりを挟む
 シャロンの言葉に思わず笑いが込み上げる。リンドベルに解毒用の魔道具を作らせた後、元々揃いでつけようと思っていた為に、同じ物をリンドベルに作らせていたのだ。
 今テオドールはその魔道具である腕輪を付けている。すぐに役立つ事になるとは想定外であったが、これが無ければ目の前のシャロンの状態と同じ様になっていたのかと思うとゾッとする。

「さぁ殿下、これではお互い苦しいだけですわ」

 目をギラ付かせ更に伸ばしてくる手を、ぱしりと叩き落したテオドールは、心底不愉快そうに口を歪め、冷笑した。

「誰が君なんかと、死んでもごめんだ。俺の相手は一生フェリだけだからな」

 ぐっと言葉を詰まらせ、顔を歪めたシャロンはそれでも尚テオドールに食らいつく。

「拒むならここで私が叫べば、皆何があったかわかりますわ。そして貴方は私の物になりますのよ」

 胸元のリボンをしゅるりと解いていくシャロンを見ながら、テオドールは特に焦るそぶりも見せなかった。その事にシャロンの心は焦燥感に駆られていく。

「それは脅しか? 叫ぶなら叫んだらいい。それぐらいで揺らいだりはしないからな」
「ほんとに、良いんですのね」

 口元を自嘲気味に吊り上げ、知らないうちに涙を流しながら、一歩ずつ後ずさったシャロンは深く息を吸い込み大きく口を開いた。

 しかしシャロンの叫び声は、会場内からの悲鳴にかき消された。バサリとカーテンを跳ねのけ会場内へと戻れば、招待客達が悲鳴を上げながら逃げ惑っている姿が見えた。

「どうした、何があった!?」
「どうやら大規模な火災が起きた様で、それを聞いた招待客達がパニックになったようです」

 扉の前で待機していたヴィンスに報告を受け、すぐさま目でフェリチアーノとミリアの姿を探すが、その姿は逃げまどう人の波の中確認する事が出来なかった。

「しかし殿下、その恰好は……」

 上着が乱れており、肌が覗くという恰好になってしまっているテオドールに、ヴィンスは怪訝そうに顔を顰めた。

「シャロン嬢に媚薬を盛られた」
「なっ!!」
「テラスに潜んで既成事実を作る魂胆だったらしい。拘束しておいてくれ、あぁ彼女も媚薬を飲んでるようだ。俺はリンドベルの魔道具を付けていたから体が熱い程度だが……捉える際は気を付けろ」

 ヴィンスに指示された他の護衛騎士達がシャロンの拘束に動いたのを確認したテオドールは、フェリチアーノ達を探す為に先程別れた場所まで急いだ。



 ごった返す人の中、フェリチアーノとミリアは波に流される様に、外へ外へと押し出されていた。
 広い庭園に出た人々は、どんどんと燃え広がる会場から離れようと、我先にと走る。ミリアに手を引かれていたフェリチアーノだが、人混みの中その手を離してしまった。

「フェリちゃんっ!!」

 ミリアが必死に手を伸ばすが、後ろから押されたフェリチアーノは前に倒れ込む。何とかフェリチアーノが立ちあがった時にはミリアの姿は何処にも見当たらなかった。
 テオドールも戻らずミリアと逸れた今、不安が募る。どうすればいいのかと考えていれば、ガシッと手首を掴まれた。
 驚いて見上げれば、どう見ても舞踏会には似つかわしくない顔の男が給仕の格好をして立っていた。

「危うく見失うところだったぜ、さぁお前は大人しく来てもらおうか」
「放して、放してくださいっ!」
「おっと大声を出すなよ坊ちゃん、周りに気づかれたら困るんだ」

 腕から逃れようと必死に抵抗するが、男はフェリチアーノの力では敵わない程の力で腕を掴んでいた。
 周りに助けを求めようにも、口を手で塞がれ声を出せない上に、周りは依然パニック状態で、誰もフェリチアーノの非常事態に気が付いていない。

 バタバタと暴れ抵抗するフェリチアーノを、面倒だと言わんばかりに後頭部を殴り気絶させた男は、近くに居た仲間達を引き連れ会場の裏手に回る。
既に待機させてあった粗末な馬車にフェリチアーノを押し込めると、夜の闇に紛れる様にして、王都の人気のない通りを抜けながら街中へと馬車を走らせた。

 舗装されてない道が続き、フェリチアーノはその度に馬車の中で体をあちこちぶつけるが、気絶したまま起きる事は無い。
 暫く走った馬車は、明かりが灯らない屋敷の前でゆっくりと止まる。馬車の中からフェリチアーノを出したところで屋敷の扉が開き、中から目を三日月の様に歪めたマティアスが出て来た。

「報酬はウィリアムから貰うといい、ご苦労」

 フェリチアーノを部屋まで運び込んだ男達にそう言うと、さっさと屋敷から追い出してしまう。
 ウィリアムを殺したその足で、計画の変更をウィリアムが雇っていた男達に伝えに行き、フェリチアーノが参加している舞踏会の会場に火を付けさせ、連れ去って来てもらったのだ。
 最初は怪訝そうにしてはいたが、ウィリアムからくすねていた金貨が入った袋を渡せば男達はマティアスの言葉にすぐにしたがった。
 こんなにもスムーズに事が運び、マティアスは込み上げる歓喜をそのまま笑声として外へとだし、デュシャン家の屋敷に不気味な笑い声が響き渡るのだった。







*本日は二回更新、二回目の更新は21時です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃候補は精霊つきオメガ

金剛@キット
BL
エンペサル侯爵家次男、カナル(Ω)は、国王の側妃候補に選ばれた双子の姉を、王都に送り出すが… 数か月後、姉は後宮で命を落とし、カナルは姉の元婚約者と政略結婚をするが、夫に愛されることなく流産し、失意の中、精霊伝説のある湖で自殺する。 ―――なぜかカナルは実家のベッドで目覚め、精霊の力で時間が巻き戻り、自分が精霊の加護を受けたと知る。 姉を死なせたくないカナルは、身代わりの側妃候補として王都へ向かい、国王ボルカンと謁見した。 カナルはボルカンから放たれた火の精霊の力に圧倒され、ボルカンも精霊の加護を受けたと知る。  ※お話に都合の良い、ユルユル設定×オメガバースです。ご容赦を! 😡お話の中で、本編、番外編、それぞれに暴力的な場面、殺人などがあります。苦手な方はご注意下さい。 😘R18濃いめとなっております。苦手な方はご注意下さい。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

男ですが聖女になりました

白井由貴
BL
 聖女の一人が代替わりした。  俺は、『聖属性の魔力を持つオメガ性の女性』のみが選ばれると言われている聖女に何故か選ばれてしまったらしい。俺の第二性は確かにオメガだけれど、俺は正真正銘男である。  聖女について話を聞くと、どうやら国民に伝わっている話と大分違っているらしい。聖女の役目の一つに『皇族や聖職者への奉仕』というものがあるらしいが………? 【オメガバース要素あり(※独自設定あり)】 ※R18要素があるお話には「*」がついています。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開しています。 ■■■ 本編はR5.10.27に完結しました。 現在は本編9話以降から分岐したIFストーリーを更新しています。IFストーリーは最初に作成したプロットを文章化したものです。元々いくつも書いた中から選んで投稿という形をとっていたので、修正しながら投稿しています。 ■■■ R5.11.10にIFストーリー、後日談含め全て投稿完了しました。これにて完結です。 誤字脱字や誤表現などの修正は時々行います。 ■■■ ──────── R5.10.13:『プロローグ〜7話』の内容を修正しました。 R5.10.15:『8話』の内容を修正しました。 R5.10.18:『9〜10話』の内容を修正しました。 R5.10.20:『11〜15話』の内容を修正しました。

【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする

葵井瑞貴┊書き下ろし新刊10/5発売
BL
『好きだからこそ、いつか手放さなきゃいけない日が来るーー今がその時だ』 騎士団でバディを組むリオンとユーリは、恋人同士。しかし、付き合っていることは周囲に隠している。 平民のリオンは、貴族であるユーリの幸せな結婚と未来を願い、記憶喪失を装って身を引くことを決意する。 しかし、リオンを深く愛するユーリは「何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように頑張る」と一途に言いーー。 ほんわか包容力溺愛攻め×トラウマ持ち強気受け

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない

潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。 いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。 そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。 一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。 たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。 アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

虐げられた兎は運命の番に略奪溺愛される

志波咲良
BL
旧題:政略結婚させられた僕は、突然現れた運命の番に略奪溺愛される 希少種であるライラック種の兎獣人のオメガ・カノンは、政略結婚により、同じライラック種のアルファ・レイに嫁ぐが、いわれのない冷遇を受け、虐げられる。 発情期の度に義務的に抱かれ、それでも孕むことのないその身を責められる日々。 耐えられなくなったカノンは屋敷を出るが、逃げ出した先にはカノンの運命の番である虎獣人のアルファ・リオンがいた。 「俺と番になって、世界一のお尋ね者になる勇気はあるか?」 肉食と草食。禁断を超えた愛の行方は―― ☆感想もらえると、非常に喜びます。

処理中です...