上 下
87 / 95

87 つかの間の愉悦と絶望

しおりを挟む
 フェリチアーノとテオドールが舞踏会を楽しんでいるその時、王都から離れた場所にある小さな町の酒場で、シルヴァンは周りに沢山の人を侍らせ大声で自慢話をしていた。
 最初は誰も相手にしていなかったが、それに痺れを切らしたシルヴァンが店に居る全員に酒を御馳走すると金貨をばら撒けば、途端にそれを拾い集めた主人が周りに居る商売女達に目配せをし、シルヴァンを囲ませた。
 女達は胸元を強調させながらシルヴァンにしな垂れかかり、周りを取り囲む。次々に注がれていく酒に、気をよくしたシルヴァンはどんどんと羽目を外していく。
貴族家の元家令だと言いながら何故こんな場所に居るのかと、酒場の隅で遠巻きにしている男達は訝し気に見るが、シルヴァンがお金を持っている事は恰好から見るに間違いなく、こそこそと耳打ちすると徐々に男達もシルヴァンの元へと集まって行った。

「よく聞け! 俺はお貴族様の下で家令として働いていたんだ!」

 ごくごくと大きなコップに注がれた酒を零しながら、もう何回目かもわからない言葉を口にするシルヴァンに、女達は目配せをすると怪しく体をまさぐり出す。
 ふらふらと頭を動かしながら、下品な笑みを浮かべ女達の体を触りだしたシルヴァンに、更に気が付かれない様に次々に身包みを剥がしていく。
 上着は脱がされ、足元に置いていた荷物もいつの間にか人の壁の向こう側へと消えた。ズボンに入っていた硬貨を入れた革袋もスられている事にも気をよくしているシルヴァンは気が付かない。
 酩酊状態になったシルヴァンは、そのまま大きないびきをかきながら眠りだし、それを確認した女達はシルヴァンから素早く離れた。
 ゴトンと鈍い音を立てながら床に倒れたシルヴァンを助ける者は誰もおらず、寧ろまだ何かを隠し持っていないかと男達が更にシルヴァンの身包みを剝いでいく。

「見てみろ! こんなに金が入ってる!」
「へぇ、あながち嘘でも無かったんだな」
「ちょっと、私達にも分け前をよこしな!」

 店の主人と女達はシルヴァンが逃亡資金にと用意した金や、剥ぎ取った物を分けて行く。思わぬ収穫に上機嫌になるが、下着姿のまま土がむき出しの床に転がるシルヴァンが目覚めたら困ると、証拠隠滅の為に男達が荷馬車に乗せ、街の外まで連れて行く。
林の中で荷馬車を止めた男達は、夜の闇夜に眠りこけるシルヴァンを放り出し、報酬にありったけの酒を飲ませて貰おうと、再び酒場に戻って行った。



 シルヴァンが林に投げ捨てられた頃、マティアスは宿屋の一室のベッドの上に居た。ウィリアムの口に乗せられるまま、そのまま信じていいのだろうかと疑問抱きながらも、ウィリアムを求めてしまったのだ。
 ドアらか漏れる明かりに目が覚め、隣を見ればいる筈のウィリアムの姿がない事に気が付き体を起こした。
 暫くすると扉の先から話し声が聞こえ、そっと近づき耳を澄ませば、ウィリアムが誰かと話す話し声が微かに聞こえて来た。

「……ですから、彼はまだ使えるんですよ」
「なるほど? ではその後はどうする」
「勿論始末してしまいますよ。計画後に纏わり着かれても困りますからね」
「上手くいくか?」
「それはもう、彼は私に心底惚れ切っているようですからね。全ての罪を彼に擦り付け、私は王家に恩を売る。シャロン嬢にも恩が売れるのですから、私はこの家で一番役に立っていると思いますよ、父上」

 冷たく言い放つウィリアムの言葉に、心が冷え切って行くのを感じたマティアスは、どこかでやはりそうだったかと思ってしまった。
 そうだと思い込みたかっただけで、テオドールがフェリチアーノに向ける様な視線を、マティアスは今までウィリアムから感じた事は無かった。
 冷え切った心は次第に怒りへと変わってく。良い様に従わせていると思い込んでいるウィリアムに、腹が立って仕方が無い。

 未だに何かを話し込んでいるウィリアムの声は、怒りと絶望に塗り固められたマティアスには既に届いていなかった。
 暗い部屋の中視線を上げれば、扉から漏れる光の先に果物の入った器の横に置いてあるナイフがキラリと光って見えた。
 ふらりと立ち上がりそれを手に取ったマティアスは、手に持ちゆらゆらとしながらナイフを見つめ続けた。

 話し終えたウィリアムはワインのボトルを飲み干した後、にやける顔を隠す事も無く部屋に戻って来る。
 後ろ手に閉めた扉を見る事も無く、ふらふらと歩みを進めて行く中、ドスンと背中に衝撃が走りそのまま床へと倒れた。

「マティ……アスっ!!」

 じわじわと広がる痛みに首だけを回して後ろを見れば、ベッドで寝ているはずのマティアスが光の無い目で口元だけに笑みを浮かべ、背中に乗り上げていた。
 刺したナイフを引き抜くと、マティアスは躊躇わずにウィリアムにその鋭い刃を何度も振り下ろしていく。
 床には赤い泉が出来上がり、いつの間にかウィリアムの息も無くなっていた。それでもマティアスの気は収まらず、苛立ちは燻るままだった。
 この原因は何だとあまり回らない頭で考えれば、自ずとフェリチアーノの姿が浮かんできた。
 煌びやかな場所で一人、幸せそうに笑うフェリチアーノが脳裏によぎり、あぁこれが全ての元凶だと思いいたったのだ。
 立ち上がったマティアスは赤く染まった服を着替えると、ナイフを懐に隠し宿屋を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

彼のいない世界が輝きはじめるとき

riiko
BL
オメガの蓮は、大好きな夫で番がいた。 彼は3年前、蓮を残してこの世を去る。3年間夫を忘れることなく、ずっと恋をしたまま生きてきた蓮。本来なら死別した番との縁は切れて、オメガとして他のアルファを誘うフェロモンが出て発情期もあるはずだが、それを失った。 夢の中でしか会えない夫に現在進行形で恋をし続ける。 ある日、今年は3年ぶりにホワイトクリスマスになると知った。 もしも今年のクリスマスに雪が降ったら、もしも雪なら……願掛けをする蓮。 しかし決意をした翌日、過去に振った運命の番だった人と再会した。 彼が言う。 クリスマスまで、自分の体を自由に使っていい。それが終わる時、これからのあなたの未来を決めて欲しい。「彼の願いをどうか叶えてあげて」と。 蓮は不思議に思うも、翌日尋ねてきた運命の男は、中身がまるで変わっていて…… クリスマスが見せる奇跡の3日間の物語。よくある題材ですが、riikoなりに作り出した世界観をお楽しみいただけたら幸いです。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけますのでご注意くださいませ。

処理中です...