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61 不安な目覚め

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 どれくらい寝ていたのか、フェリチアーノは苦しさを覚え目をさました。ごほごほと鈍い咳を繰り返していると、次第に口の中に鉄の味が広がり苦しさが増していく。
 体を丸め耐えていれば、次第に苦しさと咳は引いていった。だがふと見た口元を押さえていた手が、赤く染まっているのを見るのだ。フェリチアーノは愕然とした。

 死神の鎌が首に掛かっている、そう思えてしまえる程赤く染まった手はフェリチアーノ自身の死を、より一層近くで明確に感じさせた。
 それはセザールの死を間近で見たせいもあるかも知れない。彼の死はそれだけフェリチアーノの精神を摩耗させるには充分過ぎる物だった。

 急激に奪われていくセザールの体温を思い出し、自身の体温も急激に下がっていく様な感覚をフェリチアーノは味わった。
 視界がぐにゃりと歪み、ベッドの上で座っている事も辛くなる。今迄ならばフェリチアーノにとって死は怖い物でも何でも無かった。寧ろ現実から解放される一つの手段だとも思っていたのだ。
 しかしいざそれに直面してみれば、誰も居ない暗い部屋の中で苦しみ喘いで生き絶える等、辛く苦しい物だった。
そして何よりテオドールの側にもう居れないと言う事実が、余計に苦しさを増す原因でもあった。
 最後の時が近づいたときには自ら離れようと決めていたが、既にそんな事を考えられない程の離れ難さをテオドールに抱いている。あの心地よい温もりを手放せるわけがなかった。

 嫌だと、生きたいと強く思う。しかし今迄解放を望み、治療も何もして来なかった体は悲鳴を上げているし、死神の鎌は着実にフェリチアーノの命を刈り取ろうとしている。
 どうしてもっと早くそう思わなかったのかと後悔ばかりが押し寄せ、フェリチアーノは知らずのうちにその瞳から大粒の涙をポロポロと零し、次第に声を出しながら子供のように泣き出してしまう。

「どうしたフェリ、大丈夫か!?」

 サライアスとの話が終わり自室の扉を開けた瞬間、寝室から聞こえてきたフェリチアーノの泣き声にテオドールは驚き、寝室の扉を勢い良く開けあた。
 ビックリとしながらテオドールを見たフェリチアーノの元へ素早く駆け寄ると、手についている血に眉を顰めた。
 その視線を辿り自身の手を見たフェリチアーノは、テオドールに知られてしまったと悲しみと不安が膨れ上がる。
 テオドールは不安に揺れるフェリチアーノを見ながら、ここで自分が弱気ではダメなのだと言い聞かせ、フェリチアーノを安心させる様に微笑むと抱き寄せ震える背を優しく撫で続けた。



 暫くして落ち着いたフェリチアーノをディッシャーに診せ、未だ状況を把握出来ずに戸惑うフェリチアーノに、テオドールは話し始めた。

「全部、聞いたんだ。誓約魔法の事も……毒の事も」

 ぎゅっと心臓を掴まれた様に感じ、フェリチアーノは身を固く強ばらせた。それを直ぐ様感じ取ったテオドールは強張りを溶かす様に背を撫で続ける。

「父上に好きに動けと言われた。俺はフェリチアーノを守りたい。フェリは、俺と一緒に居てくれる?」

 そっとテオドールから距離を離し、その言葉に偽りが無いだろうかとその瞳を覗き込んだ。
 いつもの柔らかい雰囲気はそのままに、しかしそこには確かに固い決意がある様に見える。

「一緒に居てくれるんですか?」
「フェリが嫌がっても一緒にいるよ」
「でも、僕は……」

 もうすぐ死ぬのだと自ら口に出し掛けたが躊躇い、結局居た堪れなさにテオドールから視線を外し顔を背けた。

「それもどうにかしよう。ディッシャーをフェリの主治医にしていいと許可も貰ったし、魔術師の友達に連絡も入れた。彼ならきっと何かしらの魔道具を作ってくれるよ。フェリが居ないと困るんだ。俺を置いていかないでよフェリ」

 少し強張ったテオドールの声にハッとし顔を向ければ、捨てられた子犬のような顔をしたテオドールが、懇願する様な顔と声音でフェリチアーノを見ていた。
 置いていかれる悲しみは、祖父の時も母の時も、そして何よりセザールの時に痛いほど味わっている。
 それをテオドールにも味あわせてしまうのだと、この時フェリチアーノは初めて理解した。自分ばかりが悲しいのだとばかり考え、そんな事にも気づかなかった自分自身をフェリチアーノは恥じる。

「ミリア姉上にも叱られたけど、俺は王族としてはまだまだだし、男としてもフェリチアーノの側に居たのに色んな事に気が付かなかったし、そのせいで今まで守れなかった。でもそれでも、俺はフェリと一緒に居たい。今まで守れなかった分も今度こそ守るから、一緒に生きようフェリ」
「一緒に……」
「そう一緒に」

 その言葉がゆっくりと体に染み込んで行き、先程まで感じていた死の恐怖を拭い去り、底冷えするような寒さを和らげる。
 嬉しいのだと再び涙を流したフェリチアーノを見てテオドールはへにゃりと愛想を崩し、二人はそのまま互いの不安を包み込む様に抱きしめ合った。
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