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54 父のような人

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 フェリチアーノの目の前で赤い血が飛び散り、セザールが後に倒れた。その一連の状況がフェリチアーノにはゆっくりと見えていたがしかし、動かない己の体は血の気を失って行くばかりだ。

 ドサリと鈍い音を立てフェリチアーノの足元に倒れたセザールは、胸元を鮮血で染め上げヒューヒューと空気が抜ける様な呼吸を繰り返す。
 その様子に喉の奥を締め付けられたかの様に声も出せず、フェリチアーノは膝から崩れ落ちると、震える手でセザールに手を伸ばした。

「せ、セザールっ! セザール!!」

 倒れた地面にどんどんと鮮血が染み込んでいき、赤黒い水溜まりを作っていく。服が汚れる事も厭わずセザールの傷口を手で抑えるが、流れ出す血は止まることは無くセザールの顔色は悪くなるばかりだ。

「ぼっちゃ……ま」
「喋るなセザール、僕が護衛を雇わなかったせいだ……すまない、すまないセザールっ」
「あぁ私なぞの為に……泣かないで、くださいませ」

 パタパタと溢れる涙はセザールの顔に落ちて流れていく。
 破落戸達はそんな二人に目もくれず、馬車の中から次々に荷物を運び出していた。そんな状況などにフェリチアーノは構ってはいられない。荷物など好きなだけ持って行けばいいのだ。

「坊っちゃま、よくお聞きなさい。 シルヴァン……彼奴に気をつけるのです。わたしの部屋の床下……に、調査書がありますから……それを上手く使ってください」
「セザール、お前……」
「坊っちゃまが、私をもお疑いになって居るのは、わかっておりました。あの家では、仕方ない事です、それで良いのです……」
「すまない、セザール。いくらでも謝るから、頼む逝かないでくれ。僕を、僕を一人にしないでよ」

 手を握りしめ幼子の様にそう懇願するが、セザールはただただ困った様に笑うだけだった。
 ずっとそばに居る事が当たり前で、祖父も母も居なくなってからはずっと寄り添う様に居てくれた。実の父親には無い温もりを求めた事も数知れない。
 自身の身を脅かす者かも知れないと思いはしたが、それでもセザールだけは違うのだとずっと心の奥では否定し、信じたい気持ちと疑う気持ちが鬩ぎ合い苦しさに喘いでいた。

 だがしかしこんな事で、セザールの忠心を知りたかったわけでは無い。


「坊っちゃまは、もう一人では無いでしょう? 殿下を、殿下を頼るのです。彼の方ならば、きっと……たすけて、ください……ますから」

 力なく笑みどんどんと小さくなっていく声に嫌だ嫌だと縋り付くが、遂には瞳から光が消え荒くなった呼吸も止まっていた。
 流れる涙は止まる事は無く、徐々に失われていくセザールの体に暖かな滴が止め度無く落ちる。

「頭、全部積み込みましたよ。アレはどうするんです?」

 手下の一人がセザールの元に蹲るフェリチアーノの方を見てそう尋ねる。

「俺達が依頼されたのはあの爺さんを殺す事だけだ。あの別嬪さんは放っておけ」
「えぇ、勿体無い! 売れば高値がつきますよ!」
「ほら行くぞお前達! 早くズラからねぇと誰か来たら困るからな!」

 バタバタと遠ざかって行く音に微かに反応したフェリチアーノは、目線だけを破落戸が遠ざかって行った方向を見た。
 自身を狙った襲撃かと思ったが、セザールを殺す事が目的だったと破落戸は言っていた。何故セザールを? と疑問が頭を過ぎるが、今は上手く考える事が出来なかった。

 確かにセザールを疑っていた事もあった。上手く隠していたつもりだったが、赤子の時から世話をして来たセザールには隠せて居なかったようだ。
 けれども疑われてもなお、最後の時まで恨み言も言わずにフェリチアーノを心配してくれる姿は、紛れもなくもう一人の父であり、かけがえのない家族だった。

 これであの家にフェリチアーノは唯一、僅かにも安心できる場所を失った。
 疑いながらも心から慕っていた者が居ない家など、どれ程苦痛だろうか。

「なんで、なんで僕ばかりこんな……」

 何故理不尽な悲劇ばかり起こるのかと思わずには居られない。ただ懸命に家を守って来ただけであると言うのに、家族から命を狙われ、そしてセザールを失った。

「僕が、何をしたって言うんだ……」

 冷たくなり始めたセザールの体に縋りつきながら、フェリチアーノは心の内を吐き出していく。
 空はどんよりと曇り初め、次第にポツポツと雨粒を落とし始める。まるでフェリチアーノの悲しみに呼応する様に大雨になったが、フェリチアーノはその場から動く事もせず、ずっとセザールの体に覆いかぶさったまま泣き続けたのだった。
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