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42 軋む心

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 己の心に気が付いてしまえば離れがたさはいつも以上に増していた。いつも通りであればテオドールが一番に駄々を捏ねるのだが、今日に限ってはフェリチアーノがテオドールに窘められる形になってしまった。

「フェリ、今度はすぐに時間を作るから」
「……必ずですよ?」

 服の端を掴み懇願するようにそう言えば、テオドールは心底嬉しそうに笑み浮かべて頷き返した。
 その反応にドキリと鼓動が跳ね上がり、恥ずかしさに顔を背けてしまう。じわじわと温かい気持ちがフェリチアーノを包み、溶けてしまいそうだった。

 先に言われていた通りに短い逢瀬は無常にも終わりを告げ、後ろ髪を引かれながらもフェリチアーノは付けられた護衛騎士に案内され馬車に乗れる場所まで歩く。
 寂しいと言う気持ちとふわふわとした心地の良い幸福感を抱きながら歩けば、ふと柱の陰から会話が聞こえて来た。

「殿下は一体何を考えているのか、家に問題がある者を恋人に据えるなど」
「それも一時の事では? そうでなければ陛下も黙っていますまい」
「ただの遊び相手、もしくは男娼と言う事か? それならうってつけだろうがしかしなぁ、卑しい者よりもうちの娘にしてもらいたいところだな。殿下に気に入られたとあれば箔がついて貰い手に困るまいよ」
「ははは、それではうちの息子も立候補させたいところですな、近々夜会でアピールさせましょうか」

 まさか本人が聞いているとは思わず、更に下品な話を話し始めた男達に気づかれないようにフェリチアーノはその場を離れた。
 馬車に乗る際に案内をしていた騎士に気づかわし気な視線を投げかけられたが、それに気が付かないふりをして扉を閉めさせる。
 走り出した馬車の中、フェリチアーノは一人壁に寄りかかり自嘲気味に口角を僅かに上げた。

 あれぐらいの誹りなど陰で今まで散々受けて来た。それを知らない訳では無かったが、テオドールの事を好きだと自覚し、それも両想いであったとわかった直後に現実を突きつけられる様な出来事に自業自得なのだとわかりながらも、どうしても胸が痛んだ。
 家の為だと思って行動してきた物が今では全て裏目に出てしまう。自分は何を言われても今更感が拭えないが、それがテオドールに向けられるとなれば申し訳なさが溢れる。
 だからと言って、一度受け入れ掴んだ物を手放せるかと言ったらそうではない。知ってしまった感情も温もりも無かった事には出来ないのだ。

 喉の奥がざらつき、こほっと小さな咳が出始める。何度かそれを繰り返し、自身の体までもがフェリチアーノに現実を忘れさせないようにするかの如く追い打ちをかけてくる。
 家の事も自身の体の事も、何よりテオドールの婚約の期限も、何もかもテオドールと心を通わせたからと言って無くなった訳ではなく、より一層の重みを増してフェリチアーノに襲い掛かって来た。
 現実はいつも無常なのだと幼い頃から知っていた筈なのに、今ではそれが次々に杭が打ち込まれる様に痛む。

 閉め切られた馬車のカーテンの隙間からガタンと跳ねる度に外の光りが僅かに漏れる。先程まで居た光り輝く世界とは違い、今はこの薄暗い馬車の中の様に心は沈むばかりだ。
 テオドールは一緒に考えようと言ってくれたが、果たして考えた所でどうにかなるのだろうか。
 仮にどうにかなったとしても、フェリチアーノ自身の体は長くはもたないと言うのに。
 やはり受け入れるべきでは無かったのだと思いが過る。それでもできる限り一緒に居たいと思うのだ。

 屋敷に到着し馬車から降りれば入れ違いの様にマティアスが屋敷から出て来た。最近は顔を合わす事も無かった彼だが、フェリチアーノを見れば途端に方眉を跳ね上げ嫌そうな表情を作る。
 誰かと出かけるところだったのか、身なりの良い男がマティアスを迎えに来ていたようで、フェリチアーノを見るとニコリと微笑み軽く頭を下げて来た。

「相変わらず殿下に尻尾を振ってるのか? 全くお前なんかのどこが良いんだか。まぁそのおかげで良い思いも出来るから少しぐらいは役に立っているがな」

 表情を消し去り視線を合わせない様に逸らしたフェリチアーノの事を一瞥したマティアスは、鼻を鳴らすと男と共に馬車に乗り込み出かけていった。
 マティアスと居た男の笑みがどんな種類の物か即座に理解したフェリチアーノは家紋が描かれているドアを確認し、どこの家門か頭の中を探すがすぐには出て来ず、貴族名鑑を見るしかなさそうだと溜息をつきながら居心地の悪い屋敷へと入った。
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