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34 くちづけ

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「はっ……まっ……フェリッ!」
「静かに。御令嬢方を牽制する為ですから、我慢してください?」

 突然の出来事にテオドールは顔が火を噴いたように真っ赤に染め上げ、フェリチアーノの体をグッと押すが二人の距離は僅かに離れただけだった。
 我慢しろと言って来る間近にあるフェリチアーノの顔を見れば、長い睫毛から覗く潤んだ瞳がテオドールをしっかりと捉えていた。
 その瞬間ドクンと心臓が高鳴り、鼓動が早さを増していく。張り裂けそうな程痛む心臓はそのままに、先程の口付けで僅かに湿ったフェリチアーノの薄い唇はなんとも煽情的で、その潤んだ瞳もテオドールの心を鷲掴みにしてガッチリと捉えてしまった。

「テオ……もう一度」

 薄く開いたフェリチアーノの口から名を呼ばれ、テオドールは誘われるままにフェリチアーノの腰を抱き寄せると、今度は先程よりも深く口付けた。

 それから二人はどれほどそうしていたのか、いつの間にか令嬢達の姿が消えた事をフェリチアーノは何とか確認したが、テオドールがガッチリとフェリチアーノを抱き込みなかなか離してはくれなかった。

「テ……オ、テオ、そろそろ……くるしっ」

 徐々に激しさが増していく口付けにとうとう息が上がり酸欠状態になり始めたフェリチアーノは、テオドールの胸を出来るだけ強く叩いて声を上げた。
 その抗議の声にテオドールはハッと我に返り、一体自分は何をしていたのかと硬直し再び顔を真っ赤に染め上げる。
 腕の中ではフェリチアーノは荒い呼吸を繰り返しており、テオドールは自身が完全に理性を飛ばしてしまっていた事に気が付いた。

「ごっごめんフェリっ! 大丈夫か!?」
「はっ……はぁ……何とか、落ち着いてきました」
「体は辛くないか? 具合は? 一瞬理性が飛んでたみたいで本当にごめんなフェリ」
「元は僕がした事ですから、お互い様……と言う事で」

 上気した顔で眉を下げ見上げてきたフェリチアーノの顔に、テオドールはまたしても心臓の鼓動が痛いくらいに早くなる。
 何故だかフェリチアーノの周りだけが輝いて見えるし、言い知れぬ感情が体の奥底から湧き上がって来るのだ。
 これは一体何だと考える暇もないくらいテオドールの頭も感情も混乱を極めた。

 密着している部分が熱を持ち、回す腕に自然に力が籠る。どうしてもフェリチアーノから離れたくないと言う感情が体を駆け巡っていた。
 しかし羞恥もその分凄まじく、フェリチアーノのどうしたのかと問う視線に耐え切れず、けれども離れる事も出来ず結局テオドールはそのままフェリチアーノの肩に顔を埋めてしまう。

 明らかに動揺した様子のテオドールに、流石に口付けはハードルが高かったのか? と疑問に思いながらも、テオドールが落ち着くまで背中に手を回したまま待っていた。
 バクバクと高鳴るテオドールの心臓の音は、密着しているフェリチアーノに勿論届いていて、あまりの初心さに可愛らしいと思ってしまうのは致し方無いだろう。

「もしかして、初めてでした?」
「……閨の授業でしかやってない」
「ふふっそれにしては熱烈でしたね」

 その言葉に気まずさを覚えたテオドールだが、ふとフェリチアーノが自分よりも余裕があり過ぎる事が気になった。

「フェリは余裕そうだ」
「それは……まぁ」

 言い辛そうに言葉を濁し苦笑するフェリチアーノに、テオドールは面白くないと言う感情が新たに湧き上がる。
 自分より余裕そうなのが嫌なわけではない。フェリチアーノがこう言う行為に慣れているのが気に食わないのだ。
 それはつまりこれまでに少なからず経験がそれなりにあると言う事で、そこで漸くフェリチアーノが愛人をやっていた事があると言っていた事を思い出す。
 そうなるとテオドールは益々面白くないなと思ってしまう。
 先程までの煽情的なフェリチアーノを自分以外の者が見て来たと言う事実に、どうしようもなく苛立たしさが募るのだ。

 顔が赤く無くなったかと思えば今度はしかめっ面をし、黙り込んだテオドールにフェリチアーノは牽制の為とは言え、本物の恋人ではない者との口付けがやはり嫌だったのだろうかと不安になった。

 令嬢達に対しての苛立ちは既に四散していたが今度は不安が襲ってきてしまい、フェリチアーノに先程までの余裕そうな雰囲気は見当たらなくなってしまう。
 しかめっ面のままのテオドールに不安に揺れる瞳を向けながら、フェリチアーノは無意識にテオドールの服を握り意を決して問いかけた。

「……嫌、でしたか? やっぱり初めては本当の恋人が良かったですよね、すみません勝手に……」
「え!? いや、嫌じゃ……ない、嫌じゃないよフェリ」

 思考を中断させ、慌ててフェリチアーノにそう言ったはいいが、どうやらフェリチアーノはその言葉を信用していないらしく、不安そうな顔のままだ。

「なぁフェリ、本当に嫌じゃなかったから。ただいきなりでびっくりしただけで」
「本当ですか?」
「それにほら、俺達は仮だけど恋人同士だろう? だからその、本当に嫌じゃないからな?」

 必死に大丈夫だと言ってくるテオドールに、余計に本心を誤魔化そうとしているのではないかと疑ってしまう。
 こんな些細な事でこの楽しみに溢れた関係を壊してしまいたくは無かった。

 どうしたら信じて貰えるのだろうかと考えあぐねいたテオドールは一つの結論に達し、気合を入れるとフェリチアーノの伏せた顔を上に向けさせ、今度は自らその唇に口付けをした。

 まさかテオドールからその様な行動を取られるとは思っていなかったフェリチアーノは、不意打ちのあまりに体を硬直させてしまう。
 それを見たテオドールはさっきとは真逆の状態に面白くなり、笑いながらフェリチアーノに諭す様に言葉を発した。

「だから嫌じゃないって言っただろう?」
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