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32 茶会

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「本日はお招き頂き有り難う御座います夫人!」

 ニヤニヤとした下品な笑みを浮かべたアンベールが、手揉みでもしそうな勢いでチェイアー公爵夫人であるミネルヴァへと挨拶をした。
 ミネルヴァは開いた扇子で口元を隠し、その細い眉をほんの僅かだけ顰めてから気を取り直したようににこやかにデュシャン家の面々を見渡していく。

「皆様とお話しするのは初めてね? 今日は楽しんで頂けたら嬉しいわ。皆様お話が聞けるのを楽しみにしていますのよ?」

 扇子を口元に当てながら優雅に笑うミネルヴァに気を良くしたアンベール達は、侍従やメイドに案内されるがまま、横柄な態度で会場へと足を踏み入れていった。

「貴方はこちらよ、フェリチアーノ。お話をたっぷり聞かせて頂戴な?」

 三日月型に弧を描いた目でフェリチアーノを見たミネルヴァに、一体何を企んでいるのやらと内心訝し気に思いながらも、ミネルヴァとその取り巻き達に連れられるままに天幕が張られた場所までエスコートをする。

 いつも両親の噂や、評判をいち早くフェリチアーノに教えて来たのはこのミネルヴァだ。だが今の今まで両親達とは直接関わろうとしてこなかったし、フェリチアーノとの関係を知られる事も避けていた。
 それが今回態々彼等を呼び込んだのは、きっと何かあるに違いないとしか思えなかった。そんな考えが顔に出ていたのであろう。ミネルヴァはクスクスと鈴を転がす様な笑い声を出すと、フェリチアーノに悪い様にはしないから安心しろと言ってくる。
 不安要素しかないがミネルヴァに対し意見を言える筈もなく、フェリチアーノは曖昧な顔で頷くほか無かった。

 天幕の下はさながら主催者と今日の目玉となる人物の特等席とも言えた。
 整えられた席に着くと会場である庭が一望でき、あちらこちらにミネルヴァを支持する貴族達が散らばり、分散してデュシャン家の面々を相手にしていた。

「一塊になってこちらが手を付けられなくなったら困るでしょう? 皆さん今日の為に協力してくださったのよ」
「そうだったのですね、今日は……僕から殿下の事を聞く為に呼ばれたと思っていたのですが、家族までとは驚きました。それは何故かお伺いしても?」
「わたくしはね、楽しい事が好きなの。フェリチアーノとのひと時もとても楽しいけれど、殿下とのお付き合いが見られるならその方がもっと楽しいわ、ねぇ皆さん?」

 取り巻きの御婦人方もその通りだと皆が頷いている。噂好きで、ロマンスと醜聞が大好きな彼女等にとって、フェリチアーノは今その全てを満たしてくれる存在だ。
 そこで成る程と今回デュシャン家全員がこの場に呼ばれた事をフェリチアーノは理解する。

「夫人方が楽しまれているのは解りました」
「ふふふ、彼等から貴方の話を聞くのは難しいでしょう? だから殿下との事は貴方に聞くわ。きっと素敵なお話が沢山ありそうだもの。ねぇフェリチアーノ、わたくし達をこれから沢山楽しませてちょうだいな」

 ニコニコと笑みを浮かべる御婦人方を目の前にフェリチアーノは力なく苦笑し、当たり障りのない範囲で出会いから喋る。とは言っても詳細を話す程フェリチアーノは野暮ではないし、それを聞くほど彼女達も野暮ではない。さわりを話していくだけでも、彼女達は満足なのだ。



「まぁマティアス様はとても博識でいらっしゃるのね」
「えぇ本当に、私達が知らない市井の事も知っているだなんて素敵ですわ」

 マティアスは普段は決して近寄って来ず、話しかけもしてこない令嬢達に囲まれ最初は有頂天だった。
 しかし時間が経つにつれて、彼女達が自分に興味など一ミリも持ってはいない事が会話の端々やその表情から垣間見えたのだ。
 いつも付き合いがある身分が低い令嬢達や平民の女性達とはどうにも勝手が違い過ぎた。微笑んでもそつなく返され、触れようとすればさらりと躱され、挙句には見下されている様な感覚にすら陥った。
 最初の楽しさは何処へやら、マティアスはそれに気が付いてからと言う物、早くこの面倒な茶会から逃げ出したかったが、何故か彼女達はマティアスを引き止め、この場からなかなか解放してはくれなかった。
 お互いに限りなく無駄な時間を過ごしていると言うのに、何故こうも楽しくも無い会話を繰り広げ続けなければならないのかと、段々とマティアスの態度も言葉も御座なりになっていく。

 ふと視線だけで辺りを見回せば、両親も妹も周りを囲まれ楽しそうに談笑していた。そしてもっと視線を先に向ければ、フェリチアーノもまた、御婦人方に囲まれ楽しそうに笑っていたのだ。
 それがマティアスには非常に腹立たしかった。御婦人達の相手は面倒だが、高位の女性とはお近づきになりたかったからだ。
 上手く取り入り、寂しい女性の相手をし、貢がせてしまえればマティアスにとってこれほど楽しい事は無い。
 しかし自分の周りに居るのは楽しくも無い令嬢ばかり。何故フェリチアーノだけがあそこに居るんだと、内心苛立つ心を何とか抑えながら中身の無い話を適当に聞き流していた。

 暫くすると令嬢の一人が駆け寄ってきたと思えば、興奮した面持ちで皆どこかへと行ってしまう。
 ポツンと取り残されたマティアスは、苛立たし気に髪をかき上げ椅子にどかりと座り込むと、さてどうやってこの場を抜け出すかと思案し始めた。

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