上 下
9 / 95

09 恋人(仮)

しおりを挟む
 フェリチアーノは口は禍の元とはよく言ったものだと思いながら、再びテオドールと共にベンチに腰を下ろしていた。
 時間を気にして会場に戻ろうとしていたがあまりの事態にそんな事など失念してしまい、テオドールに促されるままこの場に留まり、恋人ごっこをどうやって行くのかの話し合いをする事になってしまったのだ。

「恋人ごっこなんだから、本当の恋人の様に振舞うわけだろ? 前に似たような事してたって言ってたけど、実際どうだったんだ?」
「あぁえっと、そうですね……パーティーでエスコートして貰ったりだとか、デートみたいなことはしました。あとはそうですね……普通の恋人達とそんなに変わらないかと」

 パトロン達との短期間、短時間の愛人契約の内容は、普通の恋人達と同じだ。変わるとすれば、そこに愛は無く、金銭が発生すると言う事だ。娼館での一晩の遊びと何ら変わらない。
 そう娼館で働く者達と、フェリチアーノはなんら変わりは無いのだ。体を使う事でしか稼げないのだから。
 その事を思い出し、知らずに言葉を濁してしまった。キラキラとした無邪気そうな瞳で問われ、詳しく言えるはずも無かった。嘘をついてはいない。ただ汚い部分を知られたくない為に、核心に触れなかっただけだ。
 もしかしたら察せられるだろうが、自身の口から言うのは躊躇われた。

「なるほどね……じゃあこれからは出席するパーティーにはフェリチアーノを呼んでもいいってわけだ?」
「……本気ですか?」
「だって恋人ごっこだろう? どうせなら俺は期限一杯に楽しみたいんだよ。それはフェリチアーノも同じだろう?」
「それはまぁそうですけれど」
「だったら問題ないじゃないか、なぁ? それに綺麗なフェリチアーノが隣に恋人として居てくれたら、群がる令嬢と令息達を相手にしなくてすむしな」

 フェリチアーノは上手く丸め込まれていくような感覚に苛まれながらも、確かに例えごっこ遊びだとしても、楽しい方が良いに決まっている、という思いはある。
 しかし心配事が無いわけではないのだ。その事を思い出し、ふっとフェリチアーノの顔に影が差す。

「何か問題でもあるのか?」
「ありますね……殿下には先程お恥ずかしいですが、私の家族の話を致しましたでしょう? 提案した時はそこまで表に出なければ家族にはバレないと、思ったのです。しかし殿下と一緒となると、それを聞いた家族が殿下に何かご迷惑をかけてしまうのではないかと……」

 公へ頻繁に、それもテオドールと一緒に出る様になってしまっては、注目されるのは当然の事ながら、社交界での噂を掻っ攫う事間違いなしだ。そんな状況をあの業突く張りな家族が見逃すわけがない。
 相手はなんと言っても王族である。少しの間違いで首が飛ぶまではいかないまでも、罪に問われるなんて事はザラにある。フェリチアーノであればそんなヘマをしない様に細心の注意を払う事は出来るが、目先の欲に駆られやすいあの家族では、どれだけ罪を積み上げるかわかったものではないのだ。

「迷惑ねぇ……まぁある意味相手が俺で良かったんじゃないのか? 王族相手に下手な事をしてただで済まない事がわからない程頭が空っぽなわけでもないんだろう? まぁ何かあっても俺なら上手くいなせるし、周りには人も居るし、そこは気にしなくても良いぞ?」

 ニコニコとしながら大した事では無いと言ってのけるその発言に、流石は王族であるとしか言いようがなく、いつもその辺りで一線を置かれてしまう事が常であったフェリチアーノは、嬉しさが込み上げて来くる。
 まさかの第四王子との恋人ごっことなってしまったが、これはある意味良かったのではないかと思ってしまう程に。

 隣に座るフェリチアーノの雰囲気がやっと和らいだ事を感じ取ったテオドールは、その様子に安堵した。生垣越しにしていた会話は思いの外楽しかった。その気安さと心地のよさに提案をすんなり受け入れられたところもある。
 しかし正体を明かしてからのフェリチアーノからは、先程までの気安さも心地よさも全て鳴りを潜めてしまった。
 折角の好機を、ただのつまらない物にはしたくは無かった。その為に多少強引になろうとも、先程までの気安さを取り戻してもらわねば困るのだ。
 時間は有限だ、お互いにその期限は長くはないのだから尚更だ。

「よし、フェリチアーノ! 早速恋人ごっこを始めようか」
「今からですか!?」
「俺達には時間がないんだから早いに越したことはないだろう? それにさっきも言ったが、会場に戻るとなると周りが騒がしいから、さっそく風よけになってもらいたいっていう下心もある」

 あけすけに物を言いながらサクサクと話を進めて行くテオドールに、またもや慌て出すフェリチアーノに畳みかける様にその手を取り、自身の頬にくっつけると人懐っこい笑みを浮かべた。
 どう足掻いても、乗り気であるテオドールに押し切られてしまうと感じたフェリチアーノは、深く息を吐き出して第四王子と言う肩書を持つ相手と恋人ごっこをする覚悟を決め、ふわりと微笑んだ。

「不束者ではございますが、よろしくお願いします殿下」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃候補は精霊つきオメガ

金剛@キット
BL
エンペサル侯爵家次男、カナル(Ω)は、国王の側妃候補に選ばれた双子の姉を、王都に送り出すが… 数か月後、姉は後宮で命を落とし、カナルは姉の元婚約者と政略結婚をするが、夫に愛されることなく流産し、失意の中、精霊伝説のある湖で自殺する。 ―――なぜかカナルは実家のベッドで目覚め、精霊の力で時間が巻き戻り、自分が精霊の加護を受けたと知る。 姉を死なせたくないカナルは、身代わりの側妃候補として王都へ向かい、国王ボルカンと謁見した。 カナルはボルカンから放たれた火の精霊の力に圧倒され、ボルカンも精霊の加護を受けたと知る。  ※お話に都合の良い、ユルユル設定×オメガバースです。ご容赦を! 😡お話の中で、本編、番外編、それぞれに暴力的な場面、殺人などがあります。苦手な方はご注意下さい。 😘R18濃いめとなっております。苦手な方はご注意下さい。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする

葵井瑞貴┊書き下ろし新刊10/5発売
BL
『好きだからこそ、いつか手放さなきゃいけない日が来るーー今がその時だ』 騎士団でバディを組むリオンとユーリは、恋人同士。しかし、付き合っていることは周囲に隠している。 平民のリオンは、貴族であるユーリの幸せな結婚と未来を願い、記憶喪失を装って身を引くことを決意する。 しかし、リオンを深く愛するユーリは「何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように頑張る」と一途に言いーー。 ほんわか包容力溺愛攻め×トラウマ持ち強気受け

男ですが聖女になりました

白井由貴
BL
 聖女の一人が代替わりした。  俺は、『聖属性の魔力を持つオメガ性の女性』のみが選ばれると言われている聖女に何故か選ばれてしまったらしい。俺の第二性は確かにオメガだけれど、俺は正真正銘男である。  聖女について話を聞くと、どうやら国民に伝わっている話と大分違っているらしい。聖女の役目の一つに『皇族や聖職者への奉仕』というものがあるらしいが………? 【オメガバース要素あり(※独自設定あり)】 ※R18要素があるお話には「*」がついています。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開しています。 ■■■ 本編はR5.10.27に完結しました。 現在は本編9話以降から分岐したIFストーリーを更新しています。IFストーリーは最初に作成したプロットを文章化したものです。元々いくつも書いた中から選んで投稿という形をとっていたので、修正しながら投稿しています。 ■■■ R5.11.10にIFストーリー、後日談含め全て投稿完了しました。これにて完結です。 誤字脱字や誤表現などの修正は時々行います。 ■■■ ──────── R5.10.13:『プロローグ〜7話』の内容を修正しました。 R5.10.15:『8話』の内容を修正しました。 R5.10.18:『9〜10話』の内容を修正しました。 R5.10.20:『11〜15話』の内容を修正しました。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

虐げられた兎は運命の番に略奪溺愛される

志波咲良
BL
旧題:政略結婚させられた僕は、突然現れた運命の番に略奪溺愛される 希少種であるライラック種の兎獣人のオメガ・カノンは、政略結婚により、同じライラック種のアルファ・レイに嫁ぐが、いわれのない冷遇を受け、虐げられる。 発情期の度に義務的に抱かれ、それでも孕むことのないその身を責められる日々。 耐えられなくなったカノンは屋敷を出るが、逃げ出した先にはカノンの運命の番である虎獣人のアルファ・リオンがいた。 「俺と番になって、世界一のお尋ね者になる勇気はあるか?」 肉食と草食。禁断を超えた愛の行方は―― ☆感想もらえると、非常に喜びます。

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない

潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。 いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。 そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。 一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。 たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。 アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー

処理中です...