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求婚してきた神に願いを叶えるといわれたので断る口実に男にしてくださいと願った結果BL展開になった

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 「私の妻になってくれ」
 どうしよう、断りづらい。
 なぜならここは神殿で、後光を背負った絶世の美男が、わたしの手を取り、微笑む。包み込むように。
 この世のあらゆる動物の女心をつかむ勢いだ。
 実際に、その場に居合わせた村の老女、熟女、少女、幼女ついでに小鳥までほぅ…と頬をつつましく染め、ため息をつく。
 無理です。
 それをそのまま話すわけにもいかないから、頭をフル回転して断り文句を導き出そうとする。 
 そんなわたしの心を見透かすように、神様はひとつ提案してきた。
 「古来より、人と神は契約で結ばれてきた。ならば私もそうしよう。何か望みを。そうして、私たちは夫婦となろう」
 夫婦…。
 ぞっとした。神様の嫁なんかイヤだ。
 「…どんな望みでも?」
 神はうなずき「私に出来ないことはない」と宣言する。
 「でしたら――」
 
   *******
 
 「…うまくいくと思ったんだけどな」
 はぁ…とため息。
 選択を間違えた。
 目深にかぶったフードを直し、様変わりした自分の姿を見下ろす。
 瞳と髪の色は生まれ持ったまま、だけど決定的に違う、胸と下半身の肉体的特徴。
 人並みに膨らんでいた胸はすっかり、なだらかに。何も付属いていなかった股の間には、あれです。あれ。
 声も以前より少しだけ低くなった。身長は…うん。変わってない。
 わたしは、すっかりいっぱしの男に変貌していた。
 手をグッパと握っては開く。
 転がるように出てきた村を遠くに、とりあえず西を目指す。
 港の広がる大きな町に行って、当座の宿を見つけよう。
 街道を歩く途中、いやでも思い出したのは、神様とのやりとり。
 「——男にして下さい」
 と言うと、神様はちょっと目を見開き、それでも、さっとわたしの願いを叶えてくれた。
 気がつくと、わたしは男になっていた。
 へこんだ胸の感触を確かめる間に、神様が近づき、
 「では、誓いの接吻キスを——」
 と、筆舌につくしがたい美貌の顔をぐっと寄せる。
 「え?え?」
 あれ?引いてくれない。
 にこやかな唇がせまったところで、わたしは待ったをかけた。
 「わたし、いや、僕はもう男ですよ⁉」
 「そうだ。だが、それがどうしたというのだ」
 両刀だった‼
 忘れていた。神という者たちは、男でも女でも気に入れば、オッケイなのだ。
 それでさらわれた美少年の話を、ホ~ンという気で聞いていたわたしを蹴りつけたい。
 「あっ、あんなところに、ペペ様‼」
 神様がピャッと飛び上がる。最高位女神ペペは、あらゆる神に顔の利くおっかない女神だ。
 今まで神々しく微笑んでいた立派な体格の男神が、鷹に姿を変え、雀のように震えながら見上げてくる。
 パッと籠をかぶせる。
 あっという声が聞こえた気もするも、無視。重石代わりに椅子の足を乗せ、ぱっと外へ飛び出した。
 神様に見出されたが最後、悲惨な末路を辿った人間の話は腐るほどある。
 それにまだわたしは誰かに嫁ぐ気もない。
 逃げよう。
 うちへ寄って、最小限の荷物をまとめ、後を追ってきた友人に短く別れを告げた。

   *******
 
 世のなか理不尽だ。
 そう思ったことは何度もあるけど、今回は特大。
 そりゃあ、わたしもいつかは誰かと結婚したいと思っていたけど、それがまさか神様とだとは思わない。
 そう思う人は巫女みこになる。
 神殿に勤め、神様に一生を捧げる。
 「坊主。買ってくか?」
 坊主と言われ、一瞬、反応が遅れた。
 「おじさん。僕が男に見える?」
 市場のおじさんは、きょとんとしたあと、大きく口を開けて笑う。
 「おう、見えるぞ。それとも、お嬢ちゃんて呼ばれたかったか?」
 微妙。
 男に成りたての、女心は複雑なんだ。
 新鮮な魚や野菜の並ぶ港市で、つやつやの林檎を二、三個あがなう。
 海の見える風水広場のベンチに座って、昼食を兼ねた林檎をかじる。
 愛の果実。罪の果実。
 この果物には、そんな謂れがある。昔話が由来だけれど。
 石のベンチに座って、これからを考えた。
 背後に影が差す。
 「新婚旅行になら、もっといいところへ案内しよう」
 ブッとむせる。
 何度か咳き込んだあと「どうやって」と手の甲で口を拭きながら問う。
 「忠実なる者たちに、助け出された」
 あぁ、神官たちか。そりゃ助けるか。まつっている神様が、椅子の下に押し込まれたら。
 偉丈夫の姿に戻った神様は、隣に座らず後ろから椅子の背に両手をつけ、ささやく。
 「すでに契約は交わされた。破ればその身に災いとなって返る」
 「神様にも、離婚は可能ですよね?」
 「……」 
 本当だ。聖典には、書かれていないだけで神様も離婚するのだ。実際、農耕の神と火の女神リリチェは、一夜で離婚している。
 離婚理由は、男神ヘクトスの丹精込めて育てた田畑を、火の女神リリチェが、めくるめく初夜の合間に燃やしつくしてしまったから。
 男神は半泣きで、三行半みくだりはんを叩きつけたらしい。
 惚れっぽいが冷めやすい女神リリェは、特に抵抗することなく、それを承諾。ここに、神世で初めての離婚が成立した。
 「…離縁すれば契約は消え、そなたの姿も女に戻る。——いいのか?」
 そうか、そうなるのか。
 もう少し男の気分を味わってもみたかったけど、仕方ない。
 神様に向き直り、神妙にうなずく。
 男神パトスは、今回もあっさりしているかと思ったが、今度は違った。
 目を閉じていたのが悪かった。そうしたら避けられたのに。
 くちづけは甘い。
 神様は舌使いまで美事だった。
 陽光に、糸を引いた唾液が光る。
 「——宿を探そう」
 どうして?
 「夜まで待てない」
 耳元をくすぐる熱い吐息。
 太陽の神パトスの瞳が男の光を湛える。
 安宿かと思っていたけど、神様が選んだのは神殿だった。
 ぎょっとするわたしに、
 「楽に」
 神様はわたしの手を携え、石の壁をすり抜けた。
 左右等間隔に続く石柱の通路。
 「ここは…」
 「私たち神の降りる場所。人の目には決して触れぬ場所だ」
 ドーム型にくりぬかれた部屋に行き当たり、身体を引き寄せられる。
 「誓いは成された。我らは夫婦だ」
 男同士でも?
 男神パトスの顔は、少しもかげらない。
 今までこんなに、誰かに求められたことがあっただろうか?
 それがたとえ、神様でも。
 もうこんなこと、一生起きないんじゃない?
 そんな声が、わたしの服を取り去っていく。
 薄く出た喉仏を甘噛みされる。
 「ん…」
 肌が合わさる。
 自分とは比べ物にならないくらい、たくましい筋肉質な身体に組み敷かれ、肌が高ぶっていく…。
  
   *******
 
 ……やってしまった。
 それも、がっつりと。
 もう…、もう。色々、言えない。
 よく死ななかった自分。
 手で顔を覆う。
 神様にプロポーズされたわたしは、己の浅知恵のせいで、これから先、男としての人生を送ることになる。
 ただそれは、単なる男でなく。
 神様の、花嫁として――。

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