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一夜明けて
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湯を張った桶を、リフトに載せる。
そのまま綱を引いて滑車を回せば、上の階まで届く。
それがおれの、朝一番の仕事だった。
今日も、かまどで沸かした湯を桶に汲む。
汲むところまでは、いつも通り。
そこへ、タオルを腕にかけた執事が、おれの桶と自分のそれを交換する。
「ベル。今日から旦那様の身の回りの御世話を頼みます」
にこやかな顔で、リフトの引き綱をもって促す。
おれは…、伯爵の部屋に向かった。
「……なぜ君が?」
「上司の命令」
タオルと桶をもって現れたおれに「君の雇い主は、私のはずだが…」と、納得がいかないというように、うなる。
薄暗い部屋。
日の差さない、カーテンの閉め切られた寝室を、わずかな輪郭を頼りにベッドに近づく。
伯爵の耳がピンと立つ。
毛に覆われた、獣の耳。
「…元に戻ったのか?」
「……違う」
無言で顔を洗う。
昨日は、あんなに口うるさかったのに。
タオルを手渡す時、わずかに触れた手が、ビクリと固まる。
大きな手。
バラのトゲに襲われたとき、倒れたおれの身体をしっかりと支えてくれた。
なのに、今はどこか、心もとなさそうだ。
リフトに取り付けられた鈴が鳴る。
おれは、廊下を引き返した。
戻ってきた時、わずかに開いたカーテンの隙間から、日が差す。
開けた本人の顔を、太陽の光が、暴く。
伯爵は、すぐに顔を引っ込めた。
日の届かない、部屋の奥に腰を据え、落ち着かなげに、服からはみ出た尻尾を一振りする。
「…あんた、吸血鬼じゃないのか?」
その時の伯爵の顔を、おれは、今でも覚えている。
そのまま綱を引いて滑車を回せば、上の階まで届く。
それがおれの、朝一番の仕事だった。
今日も、かまどで沸かした湯を桶に汲む。
汲むところまでは、いつも通り。
そこへ、タオルを腕にかけた執事が、おれの桶と自分のそれを交換する。
「ベル。今日から旦那様の身の回りの御世話を頼みます」
にこやかな顔で、リフトの引き綱をもって促す。
おれは…、伯爵の部屋に向かった。
「……なぜ君が?」
「上司の命令」
タオルと桶をもって現れたおれに「君の雇い主は、私のはずだが…」と、納得がいかないというように、うなる。
薄暗い部屋。
日の差さない、カーテンの閉め切られた寝室を、わずかな輪郭を頼りにベッドに近づく。
伯爵の耳がピンと立つ。
毛に覆われた、獣の耳。
「…元に戻ったのか?」
「……違う」
無言で顔を洗う。
昨日は、あんなに口うるさかったのに。
タオルを手渡す時、わずかに触れた手が、ビクリと固まる。
大きな手。
バラのトゲに襲われたとき、倒れたおれの身体をしっかりと支えてくれた。
なのに、今はどこか、心もとなさそうだ。
リフトに取り付けられた鈴が鳴る。
おれは、廊下を引き返した。
戻ってきた時、わずかに開いたカーテンの隙間から、日が差す。
開けた本人の顔を、太陽の光が、暴く。
伯爵は、すぐに顔を引っ込めた。
日の届かない、部屋の奥に腰を据え、落ち着かなげに、服からはみ出た尻尾を一振りする。
「…あんた、吸血鬼じゃないのか?」
その時の伯爵の顔を、おれは、今でも覚えている。
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