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「大変、ご迷惑をおかけしました」
出社と同時に、まず部長に頭を下げる。その後は、俺が休みの間、仕事を肩代わりしてくれた何人かの後輩にも、詫びと礼を言って回る。
特に杉田は、
「今度、回らない寿司屋でご相伴に与りたいです」
と、ちゃっかり見返りを要求してきた。
致し方なし。
「今度な」
と、返すにとどめ、自分のデスクにつく。
書類が中々に溜まっていた。
ざっと目を通し、期限別に仕分けていく。
なんら変わらない。
いつもの仕事風景だった—。
その日は、定時より少し過ぎに部署を後にした。
今日は、帰りにスーパーに寄る。でなければ、うちの冷蔵庫は、もぬけの殻だ。
エントランスを通って、歩道に出る。
スーパーへは右だ。
「——紺さん」
びりっと、舌が痺れる。
下腹部が、ぐっと重くなった。
…振り返らなくても分かる。
「……」
「…ライン、見てくれた?」
知ってはいる。
だけど、既読のまま…無視をした。大人げないとも思ったが、返信はできなかった。
「—おれを見て」
気配が近づいてくる。
つい三週間程前に、いつもの店で顔を合わせた時とは、まったく比べ物にならないくらい、魅惑的な香りをまとわせた、俺の…。
背中に手を添えられる。
それだけで産毛が立った。
「…行こう?」
どこに…?
と、聞き忘れた。
あとはもう、ただ手を引かれるまま…。
********
連れてこられたのは、閑静な住宅街にある、一軒家だった。二階建ての、小さいが庭もある、どうみても新築の。
「…ここって」
「おれの家」
テラスのついた一階の窓には、まだカーテンもかかっていなかった。
「まだ引っ越してきたばかりだから。なんも無いけど」
靴を脱いで、玄関を上がる。
フローリングの床が、殺風景なリビングまで続いていた。
「引っ越し?いつだ」
「この前。紺さんと連絡が取れなくなってから」
ウッと、良心が咎める。
「前のマンションには、もういられないし…それに」
「…それに?」
「紺さんと、一緒にいたい」
昔みたいに…と、見つめてくる。
やわらかい、あの、青磁の目だった。
「…青磁、俺」
言っていないことが、いっぱいある。
何も言うまいとしてきたことも、ある。
「おれを選んで…。父さんじゃなくて」
はっとする。
「青磁、お前…」
知っていたのか?
何を?何もかもを?
「詳しくは知らないよ?でも、なんとなく分かる。分かっちゃうんだ…」
なんとも言えないように、笑う。
「おれも、そういう意味では、父さんの子かな?」
胸が詰まった。
そうじゃないと迷わずに言えたら、どんなに良かったか。
「俺は…」
「貴方が、好きだ」
「…っ…」
「ずっと…。たぶん、出会った時から、ずっと」
手を取られる。
両手で包み込むように。壊れ物を扱うように。
見つめる目…。
俺の答えを待つ瞳。
俺は…。
震えている青磁の手に気がついた。
「…ごめん。嬉しくて」
「……嬉しい?」
「うん。好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…」
「…っ…」
——俺は、一生、誰かに好きだなんて言っちゃいけないんだ。
高校生の俺が、顔を出す。
「青磁、俺は…、お前のことが大事だ。あいつの子だから、じゃない」
本当に。
「だけど…」
俺は、臆病だ。
目の前の若者に、応えてやれないほど。
必死になって、大人になろうとして来ただけで。中身は、何一つ変わっちゃいない。
「お前の気持ちは、嬉しいよ。俺にとってお前は、息子みたいなもんだ。みたいなじゃなくて、もう半分は、俺が育てたようなもんだから、お前は俺の子だ」
ギュッと握る手が強まる。
俺は、それに優しく応えようとした。
でも出来なかった。
なぜなら、収まったと思った発情が、ぶり返したからだ。
「…っ」
発汗した身体が、うだる。
熱を帯びた身体を、急いで引く。
青磁が俺の手を掴む。強く。
引き寄せられて。
そうすると、嫌でも年月を感じる。
青磁の顔が、目の前にあった。
出会った頃は、胸に頭が届くのが、やっとだったのに。
中性的な細身の体格にもかかわらず、目覚めたばかりの雄の香りをまとわせたアルファが、俺の鼻筋に、自分の鼻をすり寄せる。
あともう少しで、唇が触れる。
********
舌と舌が、絡まる。
飲み込み切れなかった唾液が、顎を伝うと、青磁がそれを、舌先で追う。
喉仏を甘噛みされ、
「っあ」
と、思ったより高い声が出た。
自分の声じゃないみたいだ。
物も何もないはずの新居に、なぜかしっかりと据え付けられた寝室のベッド。
真新しいシーツの上で、フェロモンを溢れさせる。
雄を誘う香り。アルファを。
身に纏うものがシャツ一枚になって初めて、正気に返る。
「…あっ」
身体を隠したくて、シーツを掻き寄せた。
その手を取られ、指を絡めて繋がれ、首筋にキスを落とされる。
鎖骨をたどる唇の感触に、吐息が漏れた。
するりと足の間に伸ばされた手が、立ち上がったペニスをやわく握る。
「…っ、青磁。そこは、」
小ぶりな、オメガ特有の男性器。
繁殖機能はほとんど失われ、オメガ性の男には、精通も来ない。
形ばかり残ったそれを、青磁にまざまざと見られていると思うと、顔がカッと熱くなる。
昔は一緒に風呂にも入ったし、今初めて見られるわけでもないのに…。
「見るなっ」
「かわいいい」
「~~っ~」
パクパクと口を開閉させる俺に、青磁がうっそりと微笑む。
そうこうするうちに、さらに伸びた手が、粘液を滴らせるオメガの秘部を暴く。
最初は指、次に舌。
ほぐされ、蕩かされ、軽く達した。
完全に、青磁のペースだ。
悔しさに、腕を交差させて顔を隠す。
「——見せて」
「……ぃやだ」
かっこう悪い…。こんな姿、この若者に見せたくなかった。
指が、中にあるシコリを押す。
「っあ」
拳で口を塞ぐ。
何度も何度も、そこをいじられ、
「んっ…、せい」
快楽から逃げたくて、うつ伏せで、頬をシーツにつける。
上がった尻を持ち上げられて、腰をしっかりと押さえられる。
「——挿れるよ?」
「ぁ…」
早く欲しい。
早く。
入り口にあてがわれた青磁のものに反応して、腰が揺れる。
動かないように一層、力を込めて腰を掴まれ、青磁が、中に入ってきた。
「ぅん…」
雁首が通った後は、嘘のように一気に根元まで通る。
青磁の熱が、中いっぱい満たしていく。
「んん…ぁ」
ぞくぞくとしたものが、背を駆け上がって、口から唾液が伝う。
最奥手前で、一瞬だけ、中のモノが止まる。
「…せい?」
振り返るより早く、グッと、突きあげられた。
「ああっ、っうぁ」
律動に、早くも意識が霞む。
腰と腰が、ぶつかり合う。
揺れるベッド。
思うさま奥を突かれて、開きっぱなしの口からは、目も当てられないような甲高い声が出る。
「ひっ…、あ、ぁ、せぃ、じ…——うぁっ」
濡れた音が、寝室を支配する。
青磁以外聞いていない、でも、それが一番恥ずかしい。
「——ン」
青磁が、力む。
(……ぁーーーーー)
出社と同時に、まず部長に頭を下げる。その後は、俺が休みの間、仕事を肩代わりしてくれた何人かの後輩にも、詫びと礼を言って回る。
特に杉田は、
「今度、回らない寿司屋でご相伴に与りたいです」
と、ちゃっかり見返りを要求してきた。
致し方なし。
「今度な」
と、返すにとどめ、自分のデスクにつく。
書類が中々に溜まっていた。
ざっと目を通し、期限別に仕分けていく。
なんら変わらない。
いつもの仕事風景だった—。
その日は、定時より少し過ぎに部署を後にした。
今日は、帰りにスーパーに寄る。でなければ、うちの冷蔵庫は、もぬけの殻だ。
エントランスを通って、歩道に出る。
スーパーへは右だ。
「——紺さん」
びりっと、舌が痺れる。
下腹部が、ぐっと重くなった。
…振り返らなくても分かる。
「……」
「…ライン、見てくれた?」
知ってはいる。
だけど、既読のまま…無視をした。大人げないとも思ったが、返信はできなかった。
「—おれを見て」
気配が近づいてくる。
つい三週間程前に、いつもの店で顔を合わせた時とは、まったく比べ物にならないくらい、魅惑的な香りをまとわせた、俺の…。
背中に手を添えられる。
それだけで産毛が立った。
「…行こう?」
どこに…?
と、聞き忘れた。
あとはもう、ただ手を引かれるまま…。
********
連れてこられたのは、閑静な住宅街にある、一軒家だった。二階建ての、小さいが庭もある、どうみても新築の。
「…ここって」
「おれの家」
テラスのついた一階の窓には、まだカーテンもかかっていなかった。
「まだ引っ越してきたばかりだから。なんも無いけど」
靴を脱いで、玄関を上がる。
フローリングの床が、殺風景なリビングまで続いていた。
「引っ越し?いつだ」
「この前。紺さんと連絡が取れなくなってから」
ウッと、良心が咎める。
「前のマンションには、もういられないし…それに」
「…それに?」
「紺さんと、一緒にいたい」
昔みたいに…と、見つめてくる。
やわらかい、あの、青磁の目だった。
「…青磁、俺」
言っていないことが、いっぱいある。
何も言うまいとしてきたことも、ある。
「おれを選んで…。父さんじゃなくて」
はっとする。
「青磁、お前…」
知っていたのか?
何を?何もかもを?
「詳しくは知らないよ?でも、なんとなく分かる。分かっちゃうんだ…」
なんとも言えないように、笑う。
「おれも、そういう意味では、父さんの子かな?」
胸が詰まった。
そうじゃないと迷わずに言えたら、どんなに良かったか。
「俺は…」
「貴方が、好きだ」
「…っ…」
「ずっと…。たぶん、出会った時から、ずっと」
手を取られる。
両手で包み込むように。壊れ物を扱うように。
見つめる目…。
俺の答えを待つ瞳。
俺は…。
震えている青磁の手に気がついた。
「…ごめん。嬉しくて」
「……嬉しい?」
「うん。好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…」
「…っ…」
——俺は、一生、誰かに好きだなんて言っちゃいけないんだ。
高校生の俺が、顔を出す。
「青磁、俺は…、お前のことが大事だ。あいつの子だから、じゃない」
本当に。
「だけど…」
俺は、臆病だ。
目の前の若者に、応えてやれないほど。
必死になって、大人になろうとして来ただけで。中身は、何一つ変わっちゃいない。
「お前の気持ちは、嬉しいよ。俺にとってお前は、息子みたいなもんだ。みたいなじゃなくて、もう半分は、俺が育てたようなもんだから、お前は俺の子だ」
ギュッと握る手が強まる。
俺は、それに優しく応えようとした。
でも出来なかった。
なぜなら、収まったと思った発情が、ぶり返したからだ。
「…っ」
発汗した身体が、うだる。
熱を帯びた身体を、急いで引く。
青磁が俺の手を掴む。強く。
引き寄せられて。
そうすると、嫌でも年月を感じる。
青磁の顔が、目の前にあった。
出会った頃は、胸に頭が届くのが、やっとだったのに。
中性的な細身の体格にもかかわらず、目覚めたばかりの雄の香りをまとわせたアルファが、俺の鼻筋に、自分の鼻をすり寄せる。
あともう少しで、唇が触れる。
********
舌と舌が、絡まる。
飲み込み切れなかった唾液が、顎を伝うと、青磁がそれを、舌先で追う。
喉仏を甘噛みされ、
「っあ」
と、思ったより高い声が出た。
自分の声じゃないみたいだ。
物も何もないはずの新居に、なぜかしっかりと据え付けられた寝室のベッド。
真新しいシーツの上で、フェロモンを溢れさせる。
雄を誘う香り。アルファを。
身に纏うものがシャツ一枚になって初めて、正気に返る。
「…あっ」
身体を隠したくて、シーツを掻き寄せた。
その手を取られ、指を絡めて繋がれ、首筋にキスを落とされる。
鎖骨をたどる唇の感触に、吐息が漏れた。
するりと足の間に伸ばされた手が、立ち上がったペニスをやわく握る。
「…っ、青磁。そこは、」
小ぶりな、オメガ特有の男性器。
繁殖機能はほとんど失われ、オメガ性の男には、精通も来ない。
形ばかり残ったそれを、青磁にまざまざと見られていると思うと、顔がカッと熱くなる。
昔は一緒に風呂にも入ったし、今初めて見られるわけでもないのに…。
「見るなっ」
「かわいいい」
「~~っ~」
パクパクと口を開閉させる俺に、青磁がうっそりと微笑む。
そうこうするうちに、さらに伸びた手が、粘液を滴らせるオメガの秘部を暴く。
最初は指、次に舌。
ほぐされ、蕩かされ、軽く達した。
完全に、青磁のペースだ。
悔しさに、腕を交差させて顔を隠す。
「——見せて」
「……ぃやだ」
かっこう悪い…。こんな姿、この若者に見せたくなかった。
指が、中にあるシコリを押す。
「っあ」
拳で口を塞ぐ。
何度も何度も、そこをいじられ、
「んっ…、せい」
快楽から逃げたくて、うつ伏せで、頬をシーツにつける。
上がった尻を持ち上げられて、腰をしっかりと押さえられる。
「——挿れるよ?」
「ぁ…」
早く欲しい。
早く。
入り口にあてがわれた青磁のものに反応して、腰が揺れる。
動かないように一層、力を込めて腰を掴まれ、青磁が、中に入ってきた。
「ぅん…」
雁首が通った後は、嘘のように一気に根元まで通る。
青磁の熱が、中いっぱい満たしていく。
「んん…ぁ」
ぞくぞくとしたものが、背を駆け上がって、口から唾液が伝う。
最奥手前で、一瞬だけ、中のモノが止まる。
「…せい?」
振り返るより早く、グッと、突きあげられた。
「ああっ、っうぁ」
律動に、早くも意識が霞む。
腰と腰が、ぶつかり合う。
揺れるベッド。
思うさま奥を突かれて、開きっぱなしの口からは、目も当てられないような甲高い声が出る。
「ひっ…、あ、ぁ、せぃ、じ…——うぁっ」
濡れた音が、寝室を支配する。
青磁以外聞いていない、でも、それが一番恥ずかしい。
「——ン」
青磁が、力む。
(……ぁーーーーー)
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