フローブルー

とぎクロム

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 換気扇を通って、桜の花びらが落ちてくる。
 おれは、手のひらでそれを受け止めた。
 夕飯の残り物をラップに包んで冷蔵庫に仕舞う。
 「——紺さん。今度、学校で検診があるんだけど…」
 台所の流しで食器を洗う紺さんに話しかける。
 「ん~?」
 布巾で水気を拭いていた、紺さんが振り返った。
 黒々とした瞳と、目が合う。
 少しだけ緊張する。 
 別に、怖いわけじゃない。
 おれを叱る時ですら、この人は優しい。
 「検診?なんでだ?」
 「一斉検診だって…」
 ホームルームで配られた紙を、中学のカバンから取り出す。
 紺さんは、流し台に片手をついて、その紙をしげしげと眺めた。
 「…バース検診?最近は、そんなのがあるのか」
 「うん」
 へ~、と物珍しそう。
 「紺さんの時には、無かった?」
 「まあな。オメガ性自体、認知されたのは、ここ最近だし。俺の…、親世代がギリギリ当てはまる…かな?」
 紺さんの親。
 そういえば、まだ直接、会ったことはない。
 今は、海外で住居権を取って暮らしているとは聞いたことがある。
 「保険証だな?…待ってろ」
 居間にあるタンスの上部を開いて、缶でできた菓子箱の蓋を開ける。
大事なモノ入れだ。
 その中に入ったカードのひとつを取って、裏表を確かめてから、おれに渡す。
 「ほら。これが、青磁のだ」
 おれは、自分の保険証を、初めてまじかで見ることになった。
 「…おれの性種せいしゅって、何かな」
 父親は、アルファ。母親は…、どうだっただろう?
 小さいころに別れたきりだから、そこまでの話をしたことはない。
 「……」
 紺さんの手が、髪を梳くように、優しく頭を往復する。
 気持ちいいけど、おさな扱いをされているようで、素直に喜べない。
 検診は、一週間後の金曜日の四限目。
 この時のおれは、自分の第二の性を知ることに、怖さと期待を抱えていた。
 「——日浦。どうだった?」
 同じクラスの菅君が、体操服姿の同級生の波を避けながら近寄ってくる。
 血抜きをされて、ガーゼをつけられた腕を振り回す菅君に、
 「どうって…。結果が出るのは、まだ先だよ?」
 「だぁって、気になるじゃん。おれ、もしアルファだったら、小津こづさんに告白するし」
 「大きく出たなぁ~」
 隣を歩く、クラス一背の高い瑞月君が、あほだな~というように憐みの目で小柄な菅君を見下ろす。
 「るっせ。そういうお前は…ないか」
 ないな。と、一人で納得する菅君の頭に「うっせ」と、瑞月君のはり手が飛ぶ。
 「いって、何すんだよっ」
 小競り合いが始まった。
 いつもの光景だ。
 大きなケンカに発展することは滅多にないから、おれは適当に聞き流す。
 気分は、漫才の観客だ。
 でも、あんまり騒がしくすると、先生の声が飛ぶ。
 「こら、お前ら!」
 ほら来た。
 襟首をつかまれる前に、おれたちは人波に隠れた。
 一週間後、アパート宛に送られてきた保健所からの検査結果で、おれは、自分の第二の性を知った。
 紺さんは、その時まだ仕事から帰っていなかった。
 いてくれなくてよかった。
 あの人は、優しいから…。
 おれを…、この時のおれを、多分、放って置かなかったから。
 その優しさが、欲しくなかったから。
 誰よりも、好きだったから―。
 
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