月に隠す

とぎクロム

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「ただいま帰りました」
玄関で靴を脱ぎ、自室で手早く着替えを済ませると、夢はその足で一階にある仏間へ向かう。学校から帰ったら、まずそうするのが、ここ数年で夢の習慣だ。
「ただいま帰りました。父様、母様」
仏壇の前で手を合わせていた夢の背後に、人が立つ。この家に夢以外の人間がいるとすれば、ただ一人。
「帰ったか。今日はずいぶん遅かったな」
「ただいま帰りました。一華兄様」
夢は、背後からこちらを見下ろす男へ目を向けた。
「お前も飽きないな。毎日手を合わせたからといって、返事があるわけでもなし」
夢は男の言葉に目を伏せた。「兄様は、父様たちがお嫌いなのですか?」
「どうしてそう思う?」
「それは…」
夢は、続く言葉を飲み込んだ。しかし、男は違った。
「お前にこんなことをするからか?」
「!」
ぐいと引き寄せられ、そのまま背中から抱きすくめられる。
「にい…っ」
やめて、という夢の声は、男の唇によってかきけされた。
「ふっ…」
腰に回された大きな手が、夢を逃がさないよう、さらに抱き寄せる。
ようやく離れた唇に、夢は安堵の吐息をもらした。だが、それで終わりではなかった。
胸元に差し込まれた男の手が、夢の乳房をまさぐる。
「兄様…やめて」
「何をいまさら…何度お前を抱いたと思ってる?ああ…、そういえば、ここで抱いたことは、まだなかったな」
夢は、さっと顔を青ざめさせ、年の離れた義兄に訴えた。
「お願いです。ここでは…、ここでだけは…っ」
夢は、遺影に目をやった。
だが、男はなんの頓着もみせなかった。
「何をそんなに嫌がる?俺は別にかまわない。どうせ死んだ人間のことだ」
嘲るように笑う男に、夢は心がすくむのを感じた。



新月のようだ。
雲が出ているから、星明かりもない。
「…ぃ…様…」
「なんだ。もう音を上げたのか?」
部屋の行灯が影を作り出す。
華奢な身体に覆い被さる男の表情はよく分からない。
部屋の壁に浮き出たふたつの影は、まるでひとつの生き物のように、灯心の火がわずかな風に煽られるのに合わせて揺れている。
「夜はまだこれからだぞ。ああそうだ、これからだ。これからたっぷりと可愛いがってやる」
夢は、涙に濡れた瞳を、乱れた長い髪に隠し目を閉じた。
「お前は、俺のものだ」


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みんなの感想(1件)

johndo
2019.06.09 johndo

続きが読みたいのですが、お書きになる予定はありませんか。
是非、よろしくお願いします。

解除

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