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外伝

16.古い世界は色を変えて祝う(最終話)

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 ぞろぞろと謁見の間に集まる顔ぶれは、数十年前と変わらない。もう少し遡れば、消えた顔もいくつかあった。ロゼマリア、アガレス、マルファス、ティカルとマヤ……魔族は何も変化しないのに、人間だけが入れ替わっていく。親しくしても遠ざけても、同じように。

 あの神々が願ったのは、そういうことだ。置いて行かれる側にいることが辛くなった。砕いて世界に溶け込むことで、姿も意思も消し去りたいと考えた。なるほど、魔族にはない考え方だ。

「サタン様、何があったのですか」

「アスタルテ」

 任せる。そこまで言わなくても彼女なら動く。騒ぐアルシエル達を前に、吸血鬼の始祖であり神々の使徒であったアスタルテが口を開いた。

「果ての土地は、この世界を作った神々の封地でした」

 今回の騒動の一部が共有されていく。その間、オレは怠い体で玉座を温めた。ここまで魔力を放出したのは、いつ振りだろうか。父親から逃げようと全力で飛んだ時も、まだ余力があった気がする。ぼんやりする意識を引き留めるように、手を握ったリリアーナが泣きそうな声で呼ぶ。掴まれた手を握り返してやると、表情が明るくなった。

 すべての事情の説明が終わると、疑問を持った者が首を傾げたり周囲と相談を始める。答えてやらなければならない質問はないだろう。憶測と推測、それがすべてだ。真実など知るべきではない。

「サタン様、休みたい」

 リリアーナがわざと大きめの声で強請る。オレが疲れているのを察して、彼らから引き離そうとしているのか。断る理由もなく同意して立ち上がり、後始末をアスタルテに任せた。オレの魔力量が激減しているのは、魔族なら気づいているはずだ。襲い掛かってくれば、魔石を使ってでも撃退するが……その前に、双子やアスタルテに排除される可能性が高い。そう考えていたのに、気遣わしげに見送られた。妙な気分だ。

 寝室に戻ってベッドに横になったオレの意識は、泥沼に引きずり込まれた。リリアーナの手が時々触れて、胸元を寛げたり靴を脱がせようとしているのに気づくが……動けない。意識だけ覚醒して、手足はまったく反応しなかった。寝かせる準備の終わったリリアーナが、自分も潜り込んでくる。温かさに包まれて目を閉じた。

 アースティルティト――吸血鬼の始祖として生まれ、神々を亡ぼす鍵として異世界へ送られた。逃げ出すように仕向けた世界の意思に従い、彼女はオレのいる世界に到着した。この時点で神々の目論見は半分成功したと言える。

 神を消滅させるだけの強大な魔力を持つことになるオレも、当時はまだ子供だった。父親に追われ傷つけられて逃げ回り、泥を啜って生き延びる。あの頃のオレはアスタルテがいなければ、殺されていたはずだ。助けられ絆を結び、互いの能力を高めあった。

 破壊魔法陣を継承する唯一の存在となった魔王サタンを、無理やり異世界に召喚した人間の愚行は神の手の上。緻密に組み立てられた予定調和の歯車は、それぞれの役割を果たしていく。戻れない世界、繋がる亜空間収納からの連絡、神族のククルや双子と出会ったことさえ……仕組まれていたのか。

 仲間を増やし新しい世界を攻略し、支配下に置いた。あの召喚でオレが持つ魔法も力もすべて損なわれずに済んだのは、まさに神の恩寵だった。この世界に生まれる者は、どれだけ強くても創造主を手にかけることは出来ない。ならば、よその世界から連れてくればいい。オレは不運にも巻き込まれたのではなく、選ばれ呼ばれた。

 この世界の創造主が空席となることを前提に、世界を守護する者として選ばれていた。あまりにもあっけない征服、にもかかわらずアルシエルを襲った奇妙な現象――繋がる糸を示したのは、女神と男神だった。

 操り人形だった。かつてのオレなら激怒で世界を破壊したかもしれない。その緩衝材となり怒りを受け止め昇華したのは、まだ力の足りない黒竜の娘だ。戦いしか知らぬオレに「強さがすべてではない」と教えた。落ち着いたら、過去の様々な出来事も含め、この世界の予定調和をリリアーナに話してやろう。

 透明の魔石がついた指輪を失くしたと泣いていたが、あれは砕けたのだ。オレが力を使い過ぎたため、存在の維持が難しくなった可能性があった。生まれ出た時に握っていた魔石は器だ。オレの身代わりに砕ける、そう仕組まれていたのだろう。あれほど泣くとは、可哀想なことをした。

 詫びに亜空間に保管する宝石や金貨を渡すか。ドラゴンへの求愛は、大量の金銀財宝を積むと聞いた。2万年以上貯め込んだ財宝はそれなりの量はある。オレの持つ指輪のサイズが彼女の指に合うといいが。どれを貰うか悩むなら、宝石箱ごと彼女に渡せばいい。

 喜ぶ顔はすぐに思い浮かんだ。無意識に動かした手で、抱き着いたリリアーナの金髪を撫でる。そろそろ起きなければならんか。差し込む日差しの心地よさと眩しさに、オレは黒目を細める。きらきらと輝く日差しと同じ、黄金の髪と瞳を持つリリアーナの顔が近づいて、目覚めたオレに接吻けた。

 世界の色を変えた少女は、いま……神殺しの魔王を手に入れる。





        Fin or…….














完結です。お付き合いいただき、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ
サタン様が宝飾品を山積みにして求婚する――見たいような、見てはいけないような_( _*´ ꒳ `*)_

【宣伝】
************************
 新作『虚』をUPし始めました。
 復讐に憑りつかれた主人公の青年は、異世界に召喚された元日本人。必死に戦い魔王を倒した彼に待っていたのは、この世界からの拒絶と仲間の裏切りだった。
 突然現れて手を差し伸べた美女リリィの過去と正体を知る日まで、青年は足掻き続ける……ダークで残虐描写多めのお話です。
 意外と明るい主人公ですので、ぜひご賞味ください(*´艸`*)
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みんなの感想(177件)

えるてぃん
2021.05.11 えるてぃん

まだ6話目だけど激しく同意する文があったので

>失敗した民や部下をいきなり殺すのは、執政者として失格だ。

バビル二世の敵のヨミ様は部下が一人生き残って報告を伝える際に
「なぜお前だけが生き残ったのだ?」→「怖くて隠れていたのです!」→「怖いならしゃーないまた次励んでくれ」
であっさり許すほどの心の広さに感動した覚えがある
人材を簡単に使い捨てするヤツは大成しないし、しちゃいけないよなと幼心に思ったんだよね

誘拐された魔王様も元世界を統一した直後って言っているし可哀想すぎる

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.05.11 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

子どもの頃の感想や共感って大きくなっても覚えています。
読書をすると必ず母相手にアウトプットしていた私。
世間の無邪気で愛らしい子供ではなく、妙に斜めに世の中を
みる達観したガキでした_( _*´ ꒳ `*)_懐かしい。
その頃に、失敗した奴を即時断罪する図式に疑問を持った
ことは今も覚えています。誰だって失敗するのに……
当たり前の感覚ですよね。それが失われるのは成長では
なくて、退化だと思うのです。いつもそんなことを考えながら
自己流の理論で書いてます_( _*´ ꒳ `*)_
サタン様、折角苦労して統一したら取り上げられたんだから
もっと怒っていい!!

解除
彩斗
2021.03.25 彩斗

オリちゃん、ショックが酷かったのね(/_;)
でもお兄ちゃんが居て良かったね♪
器物破損はアカンけど(;´∀`)

番外編
魔王様が動揺を隠せない事態に…

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.03.25 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

魔族は基本メンタル弱い_( _*´ ꒳ `*)_立ち直りも遅い。
それだけ直情的なのでしょうね。

魔王様みたいに鈍い人は少ないと思われ……あ、いえ
悪口ではΣ(´ω`ノ)ノ←その後、作者は行方不明にw

解除
彩斗
2021.01.30 彩斗

(´;ω;`)ブワッ
レーシー良かったね。幸せな時間を過ごせてぇ

そしてリリ! やっとだね!
おめでとう! (*°▽°ノノ"☆パチパチ

魔王様やっとか! 長く待たせやがって! リリをちゃんと幸せにしろよ! (´;ω;`)ウッ…

クリスがティカとね〜(ノ´∀`*)

ロゼはやっぱり〜(*´艸`*)♪

アスタを口説き落とした子が居たとはビックリww


番外編で魔王様とリリの夫婦意識がどこまでなのか知りたい!

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
2021.01.30 綾雅(りょうが)祝!コミカライズ

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
レーシーも3人ほど子供が出来て(つд;*)ほろり
魔王もやっと覚悟が決まった……というか、自覚した
ご様子で/(^o^)\

クリスの部分は2~3話前にちらりと(*´꒳`*)
ロゼマリアはオリヴィエラと仲良しこよしです。
若いハイエルフに口説き落とされる吸血鬼お姉さまww
こういうの性癖です(/ω\)

番外編はリクエストを複数サイトでいただいております
ので、近日公開です・:*:・(*/////∇/////*)・:*:・

解除

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