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第10章 覇王を追撃する闇

331.逆らった者に容赦はいらぬ

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 剣で受けた爪が甲高い音を立てた。耳障りな金属音が地下に反響する。受け止めた剣の柄にみしりと嫌な音がした。ヒビが入ったか?

 黒竜の角を削った刃に乗った爪がぐいっと伸びた。力の均衡を崩せば柄が崩壊する。ぎりぎりのバランスで受ける剣を諦めるか。迷った一瞬で、伸びた爪は肌に食い込んだ。

「っ……」

 ぎちぎちと肉を破り神経を掠め骨まで届く激痛に、魔力を大量に放出して神を吹き飛ばした。一時凌ぎの距離稼ぎだが、何もしないよりマシだ。そして突き刺さったままの爪が、派手に肉を裂いた。血肉を撒き散らすオレの後ろで、リリアーナが尻尾を地面に叩きつける。

 唸る威嚇の声に、動くなと命じる。リリアーナはまだ唸っているが、手を出す様子はなかった。飛ばされた神と睨み合い、傷を癒すために魔力を高める。背中に守る者を置いて戦うなど、どのくらいぶりだろう。

「サタン様」

 揺れる声で名を呼ぶ。リリアーナの声に滲むのは、傷ついたオレへの心配だ。それは感じ取れた。長い黒髪を一房切り落とした。それを補強のために柄に巻き付ける。まだ塞がらぬ傷の血を上に垂らし、魔力を流した。

 一時的な強化だが、オレの魔力が尽きない限り折れる心配は不要だ。さきほどの攻撃で、神の力が揺らいだ。不完全な蘇りの弊害により、押し切ることが出来ない。それはこちらも同じだった。

 リリアーナがいる限り、獣化して戦えない。あの姿はほぼ全ての魔力を使えるが、器が持たない。開放しすぎると、オレの魔力はオレ自身を滅ぼす諸刃の剣だった。

 アスタルテの思惑は確かに功を奏した。オレにあの姿を取らせないために、足枷となる娘を寄越したのだ。ククル、アナト、バアル……あの3人ならば遠慮なく獣になっただろう。仕方ない。使える魔力を最大に効率よく流す力技で切り抜けるか。

 勝つことは大事だ。だがそれ以上に重要なのは、負けずに生き残ることだった。命があれば敗戦は挽回可能であり、いずれ逆転もあり得る。

 背に翼を呼び出す。角と牙、それから爪までは使えるか。以前のリリアーナに見せたことのある範囲の武器を身に纏った。開放すれば使える魔力量が増える。上限を決めて開放した魔力が青白くオレの体を包んだ。

 ぐああああああ! 大きな声を上げて飛び掛かる神の爪を爪で受け、弾いて叩き折った。まだ未熟な扱いに、神の鋭い爪は割れて落ちる。横からの力に弱い爪の特性を利用し、そのまま突き立てて顔を引き裂いた。獣の顔から垂れる血は黒く、じゅっと爪の先を溶かす。

 酸による腐食が進む前に、爪の先を自ら折った。今度はこちらの番だ。先手を譲るのは強者の余裕であり、権利で義務だった。翼の邪魔になるマントを消し、剣の柄を握り直す。顔に引きつけるように構え、地を蹴る。飛び込んだオレの目をかすめる爪を見送り、掻い潜った懐で下から上へ刃を突き立てた。

 ぐぎゃ……がぁぁああああぅ

 どさっと倒れる神が、急激に小さくなる。獣の醜い姿は消え、幼い子供姿で丸くなった。己を守るように膝を抱える格好で、小刻みに震える。

「終わりだ」

 逆らった者に容赦はいらぬ。敗れた者を逃せば、再び牙を研いで狙う。オレが生き残り、父を殺したように……。だから息の根を止めるのは、オレの権利だった。
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