上 下
318 / 438
第10章 覇王を追撃する闇

316.無くすな、殺すな、奪われるな

しおりを挟む
 王女だったロゼマリアと共にオリヴィエラが、城内の片付けの指揮を執る。離宮や孤児に関してはリシュヤに権限があるため、彼が侍女達と片付けるらしい。恐怖に怯える子供も多いため、外部から救助の手を入れるのも憚られた。

 戻ったアスタルテは、黒い糸の繋がる者を中庭へ集める。彼らが勝手に城内で動き回れば、何かを仕掛けられる可能性があった。敵を捕まえに向かった双子が戻るまで、動きを監視した方がいいだろう。

「うぐっ……」

 声を上げて倒れた文官に続き、数人が頭を押さえて蹲った。倒れる者も現れる。アガレスも膝をついたものの、それ以上の無様は免れた。マルファスがアガレスの腕を掴み、しかし自らも辛そうに顔を顰める。

 頭痛や吐き気などの症状が出ている人間に、まとめて治癒を施す。すべての魔法陣を解体して戻ったウラノスが、感心したように目を細めた。

「対応が早いですな」

「いいえ、遅いくらいだ。何をしている」

 軍服によく似合う厳しい物言いの直後、双子が現れた。魔法陣をほぼ透明にまで変化させたことで、魔法による転移に見える。その技術に感心するウラノスをよそに、子供達はアスタルテに抱きついた。

「アスタルテ、少し遊び過ぎちゃった」

「なんか天井が抜けたみたい。でも確保してきたわ」

 機嫌よく差し出す瓶の中に、真っ黒の何かが蠢いていた。墨色の靄が一番近い表現だろう。覗き込んだアスタルテが眉を寄せる。主君サタンに逆らったのは、この程度の小物か? 違和感を覚え、視線を合わせるために膝をついた。

「他に何かいなかったか?」

「見てないわ」

「気づかなかったよ」

 アナトとバアルが口を揃える様子に、気にし過ぎかと息をついた。それから両手を広げて、双子を抱き締める。

「おかえり」

「「ただいま」」

 会話の内容は母子のようだった。見た目は歳の離れた姉に懐く弟妹だ。

「ククルは起きたの?」

「まだだ」

「あの子、寝起き悪いよね」

 くすくす笑うアナトを叱りながら立ち上がったアスタルテは、闇が入った瓶をどこに片付けるか迷う。現在のサタンはまだ眠っており、せっかく休んでいる彼を起こすほどの事態ではなかった。だが見せる前に収納に入れれば、亜空間で死んでしまう。

 ウラノスとアルシエルを見つめ、後ろで礼を口にする文官達を眺めた。それからしがみ付いた双子に視線を落とし、良い方法を思いついた。

「ククルに預ける」

「「えええ!」」

 不満そうに唇を尖らせた表情は、双子だけあってそっくりだ。アスタルテの作戦通り不満を示した子供達に、瓶を返す。

「ならばお前達が持っていろ。絶対に無くすな、殺すな、奪われるな」

 まだ敵がいると想定したアスタルテの命令に、バアルが不敵な笑みを浮かべる。

「誰に言ってるの、私達が奪われるわけないじゃない」

「昔奪われたから言っているんだ」

 ぐっと言葉に詰まったバアルに代わり、アナトが返事をした。

「奪ったのはアスタルテでしょう!」

「それでも奪われたのは事実だろう」

 にやりと笑うアスタルテに「意地悪」と言い放って逃げ出す双子は、両手を繋いでいた。アナトの手に握られた瓶は、これで安心だろう。あの双子は油断さえしなければ強い。この世界の魔族で、本気になったあの双子に勝てる強者は見当たらなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族に辺境追放された貴族少年、実は天職が《チート魔道具師》で内政無双をしていたら、有能な家臣領民が続々と移住してきて本家を超える国力に急成長

ハーーナ殿下
ファンタジー
 貴族五男ライルは魔道具作りが好きな少年だったが、無理解な義理の家族に「攻撃魔法もろくに使えない無能者め!」と辺境に追放されてしまう。ライルは自分の力不足を嘆きつつ、魔物だらけの辺境の開拓に一人で着手する。  しかし家族の誰も知らなかった。実はライルが世界で一人だけの《チート魔道具師》の才能を持ち、規格外な魔道具で今まで領地を密かに繁栄させていたことを。彼の有能さを知る家臣領民は、ライルの領地に移住開始。人の良いライルは「やれやれ、仕方がないですね」と言いながらも内政無双で受け入れ、口コミで領民はどんどん増えて栄えていく。  これは魔道具作りが好きな少年が、亡国の王女やエルフ族長の娘、親を失った子どもたち、多くの困っている人を受け入れ助け、規格外の魔道具で大活躍。一方で追放した無能な本家は衰退していく物語である。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり
ファンタジー
アストリは修道院で生まれた。母親はすぐ死んでしまい、孤児として修道院の孤児院で育てられた。十二歳の魔力検査で魔力が多く、属性魔法も多かったアストリだが、修道院長は辺境の教会に行けという。辺境の廃教会堂で出会った人物とは。 ゆっくり書きます。長くなったので長編にしました。他サイトにも投稿しています。 残酷シーンがありますのでR15にいたしました。カテゴリをファンタジーに変更いたしました。

処理中です...