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第10章 覇王を追撃する闇
294.優しい言葉の使い方など知らぬ
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魔力量が多い魔族ほど、死体は長く元の姿を保つ。鬼人王と呼ばれた主君の遺体は、氷の棺に埋めた。クリスタルより透明度の高い、美しい棺を作って誰も近寄れぬ地下深くに隠したのだ。
あの方が命じた通り死ねぬから、その墓守をするつもりだった。地脈が近い場所に埋めた主君を見ているのが辛くて、少しだけ距離をおいて眠る。深い眠りから呼び覚ます強い魔力と、懐かしい眷族の気配がなければ……二度と目覚める気はなかった。
拳を繰り出し、右手の剣で切りつける。攻撃が当たるのは3回に1つ程度。それでも徐々に敵から手足を奪う。突き出す右手を途中で変形させ、鎌となった腕を振り抜いた。長い銀髪がさらりと風に舞う。
切り落とされた左足を、不思議そうに眺めて傾く身でバランスを取る元主君の身は、崩れ始めていた。地脈の影響を受ける場所に置いたのに、この程度の時間経過で崩れる筈がない。目を細めて魔力の流れを確かめた。
中央に凝った闇へ、細く魔力が流れる。その度に器の影が薄くなった。遺体を乗っ取った中身である闇は、器の魔力を吸収したのだ。鬼人王の器に残った僅かな魔力が失われれば、その形は完全に崩れて砂になるだろう。
「うわぁああああ! 返せっ!!」
大切に守った主君の器を、お前如きに奪わせはしない。その姿を残すために魔力を注いだ氷の棺は砕かれたか? 髪一筋まで損なわぬための棺だった。外へ出してしまえば残留魔力は拡散し、やがて跡形もなく消えてしまう。もう遅いと警鐘を鳴らす理性を、怒りが赤黒く染めた。
ウラノスの攻撃を、敵は片足で器用に後ろへ飛んで避けた。追撃をかけながら、左腕も変化させる。大きなハサミの先は鋭く、開いた刃がぎらりと鈍く光った。
捕まえた右肘をハサミが落とし、胸の中央を剣に戻したウラノスの腕が貫いた。これで動きが止まる。串刺しにされた器は端からこぼれ落ちて、ぼろぼろと落ちる欠片も砂になって散った。
頬を濡らす涙を拭わず、ウラノスは歯を食いしばる。ぐっと踏み込んで器を地面に突き刺し、ハサミで首を切る。ぐしゃりと肉が潰れる嫌な感触と共に、ごろりと転がる首は別人の物だった。
目を見開く人間の顔に、闇に逃げられたと崩れ落ちる。吐息に紛れて懐かしい名を口にした。
「……クローノス様」
倒したことに後悔はない。主君だった方の器を、闇如きに自由にさせない。だが……それでも、崩れる鬼人王の亡骸を見たくなかった。
膝をついたウラノスの後ろに降り立ち、嘆く彼を見下ろす。かける言葉は決まっている。彼は同情を必要とするほど弱くなかった。
「ご苦労、追跡は一任する」
誰を使ってもいい。必要ならオレ自身も手を貸そう。追跡して仇を討て――そう告げる声の不器用さは自覚していた。だが優しい言葉の使い方など知らぬ。
ふらりと身を起こしたウラノスは、今までと違う視線の高さで瞬き、口元を歪めて笑みを作った。
「我が君は、不器用ですな」
「お前ほどではない」
転がった首は腐敗が進んだ人間の物だ。転がる死体も人間に変わっていた。幻覚ではない。挿げ替えて逃げた敵は、一筋縄ではいかないようだ。暮れ始めた空を見上げ、足元の死体に舌打ちした。
あの方が命じた通り死ねぬから、その墓守をするつもりだった。地脈が近い場所に埋めた主君を見ているのが辛くて、少しだけ距離をおいて眠る。深い眠りから呼び覚ます強い魔力と、懐かしい眷族の気配がなければ……二度と目覚める気はなかった。
拳を繰り出し、右手の剣で切りつける。攻撃が当たるのは3回に1つ程度。それでも徐々に敵から手足を奪う。突き出す右手を途中で変形させ、鎌となった腕を振り抜いた。長い銀髪がさらりと風に舞う。
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「うわぁああああ! 返せっ!!」
大切に守った主君の器を、お前如きに奪わせはしない。その姿を残すために魔力を注いだ氷の棺は砕かれたか? 髪一筋まで損なわぬための棺だった。外へ出してしまえば残留魔力は拡散し、やがて跡形もなく消えてしまう。もう遅いと警鐘を鳴らす理性を、怒りが赤黒く染めた。
ウラノスの攻撃を、敵は片足で器用に後ろへ飛んで避けた。追撃をかけながら、左腕も変化させる。大きなハサミの先は鋭く、開いた刃がぎらりと鈍く光った。
捕まえた右肘をハサミが落とし、胸の中央を剣に戻したウラノスの腕が貫いた。これで動きが止まる。串刺しにされた器は端からこぼれ落ちて、ぼろぼろと落ちる欠片も砂になって散った。
頬を濡らす涙を拭わず、ウラノスは歯を食いしばる。ぐっと踏み込んで器を地面に突き刺し、ハサミで首を切る。ぐしゃりと肉が潰れる嫌な感触と共に、ごろりと転がる首は別人の物だった。
目を見開く人間の顔に、闇に逃げられたと崩れ落ちる。吐息に紛れて懐かしい名を口にした。
「……クローノス様」
倒したことに後悔はない。主君だった方の器を、闇如きに自由にさせない。だが……それでも、崩れる鬼人王の亡骸を見たくなかった。
膝をついたウラノスの後ろに降り立ち、嘆く彼を見下ろす。かける言葉は決まっている。彼は同情を必要とするほど弱くなかった。
「ご苦労、追跡は一任する」
誰を使ってもいい。必要ならオレ自身も手を貸そう。追跡して仇を討て――そう告げる声の不器用さは自覚していた。だが優しい言葉の使い方など知らぬ。
ふらりと身を起こしたウラノスは、今までと違う視線の高さで瞬き、口元を歪めて笑みを作った。
「我が君は、不器用ですな」
「お前ほどではない」
転がった首は腐敗が進んだ人間の物だ。転がる死体も人間に変わっていた。幻覚ではない。挿げ替えて逃げた敵は、一筋縄ではいかないようだ。暮れ始めた空を見上げ、足元の死体に舌打ちした。
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