上 下
180 / 438
第7章 踊る道化の足元は

178.浮気を咎められる理由がない

しおりを挟む
 執務室で手紙の確認をしようと手を入れたオレは、冷たい何かに眉を寄せる。先日送り返したケット・シーやネズミが向こうに届かなかったのか。うまく行かぬものよ、そう諦め半分で執務室の床へ落とした『何か』の正体に途中で気づき、急ぎ手を差し出した。

 地面に落ちるはずだった魔族を受け止め、柔らかいが冷たい身体をソファへ横たえる。見覚えのある頬を手で包むが、目が覚める様子はない。魔族の生命力を考えれば仮死状態なのは理解できるが、しばらく動けずに見つめた。

 もう二度と顔を見られないと思って諦めたが、オレの配下として昔から苦楽を共にした友人でもある。横たえた少女の名を小さく呟いた。魔族らしい特徴のない彼女を置いて離れかけ、迷う。この場に置いていくより、連れて行った方が早く処置できるのではないか。

 戦争が一段落した城内は慌ただしく、この部屋に出入りできる者も少なくない。無防備なアナトを置き去りにすることに、躊躇いを覚えた。すぐに考えを纏めてアナトを抱き上げる。小柄な子供に見える少女を右手で縦に抱いたオレは足早に部屋を出た。

「……今の、魔王様じゃないですか?」

 見たことがない女の子を抱いてましたけど? そんなマルファスの発言に顔を上げたアガレスは、彼の腕の書類をさらに高く積み上げた。

「バカなことを言っていないで、仕事をしてください。これからの戦後処理が大変なんですから!」

「変だな。見間違いか」

 足早に歩く魔王を見送ったマルファスの呟きを、壁際のネズミが拾い上げる。それはクリスティーヌ経由で、リリアーナに届き……ばたばたと足音を立ててドラゴンは城内を駆け抜けた。

「サタン様、浮気した」

 ぐずぐずと鼻を啜りながら、リリアーナは尻尾で周囲に八つ当たりをする。淑女教育の成果より、幼子特有の感情の爆発の方が強かった。我慢できずに壺や花瓶を飾った台をなぎ倒し、尻尾を叩きつけた床が凹む。

「リリアーナ様、叱られますわ。直接文句を言ったらいいのです」

 ロゼマリアのもっともな指摘に、リリアーナは全力疾走した。彼女が駆け抜けた後で、飾られた絵画が落ちたり窓にヒビが入ったが当人は気付いていない。

 ようやく見つけた背中に、大声で叫んだ。

「サタン様の浮気者!! その子誰っ!!」

 直球すぎて、追いかけたオリヴィエラが笑い出す。クリスティーヌに引っ張られて走るロゼマリアは、息が切れてしまい言葉が出なかった。

 後ろから不名誉な呼び方をされたオレは振り向き、なぜか揃った4人に首をかしげた。何を怒っているのか、リリアーナは興奮状態だ。浮気者と叫ばれた理由がわからない。びたんと尻尾で地面を叩き、リリアーナは大声で泣き始めた。駆け寄ったクリスティーヌがハンカチを手渡す。

 地下牢へ続く階段から、ウラノスが顔を出した。騒動に気づいたのだろう。にやにやと締まりのない顔で、アナトを抱き上げたオレとリリアーナを交互に見つめて呟いた。

「これはこれは……我が君は女心に、少々疎いようですな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族に辺境追放された貴族少年、実は天職が《チート魔道具師》で内政無双をしていたら、有能な家臣領民が続々と移住してきて本家を超える国力に急成長

ハーーナ殿下
ファンタジー
 貴族五男ライルは魔道具作りが好きな少年だったが、無理解な義理の家族に「攻撃魔法もろくに使えない無能者め!」と辺境に追放されてしまう。ライルは自分の力不足を嘆きつつ、魔物だらけの辺境の開拓に一人で着手する。  しかし家族の誰も知らなかった。実はライルが世界で一人だけの《チート魔道具師》の才能を持ち、規格外な魔道具で今まで領地を密かに繁栄させていたことを。彼の有能さを知る家臣領民は、ライルの領地に移住開始。人の良いライルは「やれやれ、仕方がないですね」と言いながらも内政無双で受け入れ、口コミで領民はどんどん増えて栄えていく。  これは魔道具作りが好きな少年が、亡国の王女やエルフ族長の娘、親を失った子どもたち、多くの困っている人を受け入れ助け、規格外の魔道具で大活躍。一方で追放した無能な本家は衰退していく物語である。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転移は猟銃と共に〜狩りガールの異世界散歩

柴田 沙夢
ファンタジー
アラサー狩りガールが、異世界転移した模様。 神様にも、仏様にも会ってないけど。 テンプレなのか、何なのか、身体は若返って嬉しいな。 でも、初っぱなから魔獣に襲われるのは、マジ勘弁。 異世界の獣にも、猟銃は使えるようです。威力がわやになってる気がするけど。 一緒に転移した後輩(男)を守りながら、頑張って生き抜いてみようと思います。 ※ 一章はどちらかというと、設定話です。異世界に行ってからを読みたい方は、二章からどうぞ。 ******* 一応保険でR-15 主人公、女性ですが、口もガラも悪めです。主人公の話し方は基本的に方言丸出し気味。男言葉も混ざります。気にしないで下さい。 最初、若干の鬱展開ありますが、ご容赦を。 狩猟や解体に絡み、一部スプラッタ表現に近いものがありますので、気をつけて。 微エロ風味というか、下ネタトークありますので、苦手な方は回避を。 たまに試される大地ネタ挟みます。ツッコミ大歓迎。 誤字脱字は発見次第駆除中です。ご連絡感謝。 ファンタジーか、恋愛か、迷走中。 初投稿です。よろしくお願いします。 ********************* 第12回ファンタジー小説大賞 投票結果は80位でした。(応募総数 2,937作品) 皆さま、ありがとうございました〜(*´꒳`*)

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

処理中です...