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第6章 取捨選択は強者の権利だ

132.だから皆殺しを命じたのね

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 執務室で水路の話が一段落した頃、門に立つロゼマリアは新しい受け入れに苦慮していた。この国は元々王都と呼ばれる城下町しかない。絶対的に民の数が少なく、街の外壁から外につくられた農地程度の領土しかなかった。

 荷馬車で逃れた者達を受け入れた時点で、農地が不足したのだ。この国の民から代々耕した農地を取り上げるわけにいかない。しかし着の身着のまま逃げてきた者に、荒野を開墾しろと命じるのも難しかった。

「どうしたものかしら」

「ノームを使って開墾した場所は?」

 サタンの命でドワーフが開墾した土地は、土の精霊であるノームが掘り起こした。柔らかな土が並ぶ土地ならば、すぐに作物の植え付けが行えるのではないか。オリヴィエラの指摘に、ロゼマリアは地図を手に首を横に振った。

「そこはもう割り当ててしまいましたの。この後の難民に与える土地がありません」

 眉をひそめて打開策を探す。ロゼマリアの人間らしい悩みを前に、オリヴィエラは地図を覗いて指先で示した。

「ここを使えばいいわ」

 先頃、攻め込んだグリュポス軍が全滅した土地をとんとんと叩く。グリュポス国側の土地は手前に荒野、その先に魔物の棲む森が広がる。間を川が繋ぐが、人死があった土地は不吉とされてきた。

 一万人もの兵士が死んだばかりの土地を耕したい民はいないだろう。

「無理です。不幸があった土地ですもの」

 ぼかした言い方に、オリヴィエラはくすくす笑い出した。それは魔族と人間の考え方の違いに驚いたのが半分、何も知らずに土地の恩恵を受ける人間に感心したのが半分だった。

「人間は何も知らずに使っていたのね。不幸があった土地は陰の気を帯びるわ。世界は陰と陽がバランスを取るの。陰の土地なら、次は陽が流れて満たされる。きっと豊かな実りをもたらす土地になるわ」

 世界は常にバランスを取っている。その理を理解せずに土地を使う人間が、魔族であるオリヴィエラには不思議だった。魔力や土地のもつ地脈などの流れを感知しないくせに、ちゃっかり利用してきたのだ。

 指先を滑らせ、グリュポス跡地を示した。近くにあるマルコシアスの棲む山の間を赤い爪でなぞり、事例を教える。

「この山から繋がる地脈は、グリュポスへ繋がっているわ。かつて、この地脈はこのバシレイアに流れていたの。陽である聖女が死んで、陰になったためね。だから聖女がいなくなったバシレイアは、僅かな土地しかないのに発展したのよ」

 こんな小さな領土で、他国から攻められることもなく、豊かな実りで自活できたのは地脈の恩恵だ。その恩恵は聖女が消えたことによる、喪失の穴埋めだった。だが恩恵はいつまでも続かない。

 グリュポス国がおきたのは、僅か30年ほど前だ。それまで荒れ地だった場所に大量の血が流れた。陰に偏った土地が近くにできたことで、陽である地脈は引きずられて移動したのだ。徐々にバシレイアの土地が枯れ始め、実りは減少した。土地が荒れれば、人も荒れる。王侯貴族の振る舞いが傲慢になった時期と、地脈の移動は関係があった。

 今までロゼマリアが知らなかった地脈の概念は、魔族ならば常に感知している。地脈がある山だから魔物が棲みつき、魔狼に過ぎぬマルコシアスが魔王の眷属になれる程成長したのだ。いわゆる力を得るための近道が、地脈の利用だった。

「もうすぐ地脈が移動するわ」

 グリュポス跡地も豊かな地脈に恵まれた土地だ。いずれは魔王サタン率いるバシレイアの一角となるだろう。地脈は2本に分かれ、軍が全滅した荒野にも流れ込む。

「土地ならたくさんあるのよ」

 あとは水を引けば畑も集落も作れる。そう笑うオリヴィエラだが、ふと思いついたように呟いた。

「もしかして、地脈を引くために皆殺しを命じたのかしら」

 グリュポス軍を追い払うことくらい、ドラゴンとグリフォンを使わずとも出来た。見せしめのために殺したと考えていたが……まったく違ったのかも知れない。先を見据えて動く魔王の手腕に、智の番人と呼ばれたグリフォンは口元を緩めた。
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