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第4章 愚王の成れの果て
94.神を呪い、悪魔を呼び寄せた願い
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幼い妹を背負って、必死に走る。周囲にいた大人達は、我先にと逃げてしまった。恐怖でもつれる足を前に押し出し、倒れ込むようにして都の外壁にたどり着いたのに……壁の階段へ続く扉は固く閉ざされている。
叩いても叫んでも開かない扉の前で、兄は妹をきつく抱きしめた。泣きじゃくる彼女を守れるなら、魂を悪魔に売り渡してもいいと思うほど……空を睨んで神を呪う。
ぐるるる……唸る狼の鳴き声にびくりと肩を揺らす。城壁の中へ侵入した魔狼の群れは、まっすぐに城を目指して大通りを駆け抜けた。だから城と逆の外壁へ逃げたのに。
がたがたと震える少年が振り向いた先に、大きな灰色の狼がいた。銀狼と呼ばれる種族なのだが、子供にそんな知識はない。
「ひっ、いやだ。僕は何も悪いことしないのにっ! マヤも……悪くないのにっ!!」
それでも助けての言葉が出ない。相手は魔物だ、獣だ。言葉が通じるわけもなく、そんなことを考えるより先に子供は知っていた。大人も含め誰も自分達を助けてくれない。生き残りたければ己の力だけを頼れと。
その力が及ばなければ、大切な幼い妹マヤと一緒に死ぬ運命だ。走って逃げるのは無理で、目の前の扉を開けて大人が助けにくるわけがない。覚悟を決めて、せめて妹だけはと己の身を盾に覆い被さった。
手足を食われても、妹が無事ならばいい。でも僕が死んだら、誰が幼いマヤの面倒を見てくれるだろう。父親は戦で死んで、気の触れた母親は行方不明だ。不安は心を殴るが、それでも妹を見捨てて逃げる選択肢はなかった。
がるるるっ……ぐぅ……。狼の声が小さくなる。威嚇の恐ろしい音ではなく、喉を鳴らして甘える飼い犬に似た声だ。恐る恐る目を開けば、見たことがない男がいた。
艶のある黒髪は腰を覆うほど長く、男の人には珍しい。肩の下あたりで一度結んでいるらしく、風に靡くのは毛先だけだった。真っ赤な瞳は吸い込まれるように真っ直ぐだ。
店に並ぶ人形より、お城のお姫様より美しい顔なのに、女性だとは思わなかった。凛とした雰囲気と顔立ちは、女性より整っているのに男性だった。見惚れるより、恐怖が勝る。
こんなに綺麗な男の人が、狼を従えているなんて――これが教会で教えられた悪魔なのかと、ただ恐ろしかった。
「お前が庇うのは、姉妹か?」
「そ、そうだ。殺すなら、僕だけに」
「聞かれたことだけに答えよ。助かりたいか?」
ごくりと喉を鳴らして、少年は落ち着こうと深呼吸する。普段は優しい隣のおばさんも、クズ野菜をくれる八百屋のおじさんも、誰も助けてくれなかった。見捨てて逃げた大人を恨む気持ちより、泣き叫びたい気持ちが込み上げる。
こんな状況で、助かりたいかと問われたら答えはひとつだ。悪魔に魂を売っても後悔しない。妹も僕も助かるなら!
「助かり、たい!」
まだ死にたくない。何もしていないんだ。マヤに美味しいご飯を食べさせ、綺麗な服を着せてやって、ぼさぼさの髪だってちゃんと手入れしたら、昔の母さんみたいにちゃんとなる。
お腹いっぱいご飯を食べさせて、笑う姿を見ることができるなら……僕の魂も命も差し出せる。強い気持ちで赤い目を見つめ返した。
しんとした静けさの中、城の方から聞いたことがない大きな音が響いた。工事現場の事故を思い出す。何か重いものが落ちた音に似ていた。肩を揺らした子供に、美しい男は一言だけ許しを与えた。
「よかろう、お前はオレが拾う」
叩いても叫んでも開かない扉の前で、兄は妹をきつく抱きしめた。泣きじゃくる彼女を守れるなら、魂を悪魔に売り渡してもいいと思うほど……空を睨んで神を呪う。
ぐるるる……唸る狼の鳴き声にびくりと肩を揺らす。城壁の中へ侵入した魔狼の群れは、まっすぐに城を目指して大通りを駆け抜けた。だから城と逆の外壁へ逃げたのに。
がたがたと震える少年が振り向いた先に、大きな灰色の狼がいた。銀狼と呼ばれる種族なのだが、子供にそんな知識はない。
「ひっ、いやだ。僕は何も悪いことしないのにっ! マヤも……悪くないのにっ!!」
それでも助けての言葉が出ない。相手は魔物だ、獣だ。言葉が通じるわけもなく、そんなことを考えるより先に子供は知っていた。大人も含め誰も自分達を助けてくれない。生き残りたければ己の力だけを頼れと。
その力が及ばなければ、大切な幼い妹マヤと一緒に死ぬ運命だ。走って逃げるのは無理で、目の前の扉を開けて大人が助けにくるわけがない。覚悟を決めて、せめて妹だけはと己の身を盾に覆い被さった。
手足を食われても、妹が無事ならばいい。でも僕が死んだら、誰が幼いマヤの面倒を見てくれるだろう。父親は戦で死んで、気の触れた母親は行方不明だ。不安は心を殴るが、それでも妹を見捨てて逃げる選択肢はなかった。
がるるるっ……ぐぅ……。狼の声が小さくなる。威嚇の恐ろしい音ではなく、喉を鳴らして甘える飼い犬に似た声だ。恐る恐る目を開けば、見たことがない男がいた。
艶のある黒髪は腰を覆うほど長く、男の人には珍しい。肩の下あたりで一度結んでいるらしく、風に靡くのは毛先だけだった。真っ赤な瞳は吸い込まれるように真っ直ぐだ。
店に並ぶ人形より、お城のお姫様より美しい顔なのに、女性だとは思わなかった。凛とした雰囲気と顔立ちは、女性より整っているのに男性だった。見惚れるより、恐怖が勝る。
こんなに綺麗な男の人が、狼を従えているなんて――これが教会で教えられた悪魔なのかと、ただ恐ろしかった。
「お前が庇うのは、姉妹か?」
「そ、そうだ。殺すなら、僕だけに」
「聞かれたことだけに答えよ。助かりたいか?」
ごくりと喉を鳴らして、少年は落ち着こうと深呼吸する。普段は優しい隣のおばさんも、クズ野菜をくれる八百屋のおじさんも、誰も助けてくれなかった。見捨てて逃げた大人を恨む気持ちより、泣き叫びたい気持ちが込み上げる。
こんな状況で、助かりたいかと問われたら答えはひとつだ。悪魔に魂を売っても後悔しない。妹も僕も助かるなら!
「助かり、たい!」
まだ死にたくない。何もしていないんだ。マヤに美味しいご飯を食べさせ、綺麗な服を着せてやって、ぼさぼさの髪だってちゃんと手入れしたら、昔の母さんみたいにちゃんとなる。
お腹いっぱいご飯を食べさせて、笑う姿を見ることができるなら……僕の魂も命も差し出せる。強い気持ちで赤い目を見つめ返した。
しんとした静けさの中、城の方から聞いたことがない大きな音が響いた。工事現場の事故を思い出す。何か重いものが落ちた音に似ていた。肩を揺らした子供に、美しい男は一言だけ許しを与えた。
「よかろう、お前はオレが拾う」
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