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第4章 愚王の成れの果て
77.一度に手札を切らぬのが上級者だろう
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ライオネスは言葉の意味を捉えかねた様子で、わずかに首をかしげる。怪訝そうな表情に、分かりやすい言葉でもう一度繰り返した。
「理解できぬか? 弓引いた者達は死んだ」
「全員、ですか?」
あれほどの数を殲滅したのか。問う響きはかすれ、声は震えていた。だからこそ、この状況を効果的に利用しなくてはならない。足に縋るオリヴィエラの髪を一房指先で弄びながら、そのまま彼女の頬を撫でてやる。視線を向けなくても、ロゼマリアが頬を染めるのがわかった。
「一方的に攻め込んだ兵をどう処分しようと、我々の自由でしょう。そもそも宣戦布告もない戦闘行為を仕掛けられたのです。国旗を揚げようと、賊に過ぎません」
兵士として捕虜にする義務も、階級持ちを厚遇する理由もない。略奪を目的とした賊扱いで切り捨てたアガレスは、怖ろしいほど冷めた声で事実を並べた。
「陛下がお留守であったため、国民に多少の犠牲が出ておりますが……幸いにしてグリフォンのオリヴィエラ様が身を挺して守ってくださいました。ああ、貴国の旗のモチーフはグリフォンでしたね」
己の国の象徴に弓引いたと匂わせ、アガレスは一度口を噤んだ。すべてのカードを一度に切る必要はない。グリュポスはもう手のひらの上だった。彼らに単独で生き残る道は残さない。
見回した大広間の中、ライオネスを睨みつけるマルファスの素直さに、今後の課題を見つけた。他国との外交で、演技以外の表情は不要だ。礼儀作法だけでなく、そちらの教育も施すようアガレスに指示することを決めた。
「っ……そ、そうですな」
さすがにここで反論するほど愚か者ではないか。王弟として受けた教育が、驚愕と恐怖に震えるライオネスをかろうじて支えた。
息を飲んだ男に視線を戻し、駆け寄る魔力に気づいたオレは口元を緩める。意外だが、本気で走るとクリスティーヌは足音を立てない。普段はぺたぺたと歩く癖に、サンダルを手に持ってドレス姿で飛び込んできた。その勢いのまま場の空気を読まずに階段を駆け上る。
「サタン様、命令、終わった」
「ご苦労。リリアーナはどうした?」
「リリ姉さま、今来る」
にっこり笑うクリスティーヌの語尾に、ばさりと羽音が重なった。続いて彼女が巻き起こした風が、庭の木々を揺らした。思わず振り返った使者達の目に飛び込んだのは、天災級と謳われる黒いドラゴンだった。
「ひっ! ドラゴンだ」
「気にせずともよい、この程度は日常だ」
説明する声が聞こえない外交官の一人が頭を抱えて蹲る。ライオネスは咄嗟に腰に手を当て、入り口で剣を手放した現状を思い出して青ざめた。
魔族の中でも最強種のドラゴンは、羽ばたきひとつで城を揺らす威力があった。大きく揺れた枝が壁を叩き、窓枠が風の強さに悲鳴をあげる。がたがたと乱れた気流に翻弄される音がやみ、庭へ続く硝子戸が開いた。
「サタン様っ! オリヴィエラ、邪魔」
背に翼を生やしたまま、高い天井の下を飛んでくる。白いドレス姿のリリアーナを手招くと、真っすぐに玉座の足元へ降り立った。背が大きく開いたノースリーブのドレスは、羽の動きを可能にする。
ばさりと音を立てて下りたリリアーナは、足元にぺたんと座り、オレの膝に頭を乗せた。長い金髪に手を置くと、尻尾が左右に振られた。玉座へ上がる階段に長く垂れる尻尾も、背の羽も、肌に残した鱗すら魔族の象徴だ。もう少し力をつければ、角も生えてくるはずだった。
「言われた仕事、した。死体は、捨てた」
「よくやった」
驚いたマルファスと違い、彼女らに人間の教育は必要ない。魔族である以上、逆に邪魔になるだろう。力がすべて、揮う力が強ければ正義――彼女らはそれでいい。素直に真っすぐに振る舞う少女は、今のままで十分に使えた。演技を教え込むより、素で演技以上の効果を狙うのが飼い主の腕の見せ所だ。
ぐりぐりと頭を膝の上で揺らして甘えるリリアーナの隣で、クリスティーヌが羨ましそうに指を咥えた。手招きすれば、隣からそっと頭を乗せて微笑む。愛玩動物の飼い方がようやく分かってきた。互いに嫉妬するゆえ、ある程度公平に相手をしてやらねばならぬ。
非常識なバシレイアの玉座事情に、グリュポスの王弟も外交官達も言葉を失った。女性を玉座の足元に上げることはもちろんだが、王女ロゼマリアを除き、全員が人外だ。ドラゴンを従える王など、人間が想像する範疇を越えていた。
「理解できぬか? 弓引いた者達は死んだ」
「全員、ですか?」
あれほどの数を殲滅したのか。問う響きはかすれ、声は震えていた。だからこそ、この状況を効果的に利用しなくてはならない。足に縋るオリヴィエラの髪を一房指先で弄びながら、そのまま彼女の頬を撫でてやる。視線を向けなくても、ロゼマリアが頬を染めるのがわかった。
「一方的に攻め込んだ兵をどう処分しようと、我々の自由でしょう。そもそも宣戦布告もない戦闘行為を仕掛けられたのです。国旗を揚げようと、賊に過ぎません」
兵士として捕虜にする義務も、階級持ちを厚遇する理由もない。略奪を目的とした賊扱いで切り捨てたアガレスは、怖ろしいほど冷めた声で事実を並べた。
「陛下がお留守であったため、国民に多少の犠牲が出ておりますが……幸いにしてグリフォンのオリヴィエラ様が身を挺して守ってくださいました。ああ、貴国の旗のモチーフはグリフォンでしたね」
己の国の象徴に弓引いたと匂わせ、アガレスは一度口を噤んだ。すべてのカードを一度に切る必要はない。グリュポスはもう手のひらの上だった。彼らに単独で生き残る道は残さない。
見回した大広間の中、ライオネスを睨みつけるマルファスの素直さに、今後の課題を見つけた。他国との外交で、演技以外の表情は不要だ。礼儀作法だけでなく、そちらの教育も施すようアガレスに指示することを決めた。
「っ……そ、そうですな」
さすがにここで反論するほど愚か者ではないか。王弟として受けた教育が、驚愕と恐怖に震えるライオネスをかろうじて支えた。
息を飲んだ男に視線を戻し、駆け寄る魔力に気づいたオレは口元を緩める。意外だが、本気で走るとクリスティーヌは足音を立てない。普段はぺたぺたと歩く癖に、サンダルを手に持ってドレス姿で飛び込んできた。その勢いのまま場の空気を読まずに階段を駆け上る。
「サタン様、命令、終わった」
「ご苦労。リリアーナはどうした?」
「リリ姉さま、今来る」
にっこり笑うクリスティーヌの語尾に、ばさりと羽音が重なった。続いて彼女が巻き起こした風が、庭の木々を揺らした。思わず振り返った使者達の目に飛び込んだのは、天災級と謳われる黒いドラゴンだった。
「ひっ! ドラゴンだ」
「気にせずともよい、この程度は日常だ」
説明する声が聞こえない外交官の一人が頭を抱えて蹲る。ライオネスは咄嗟に腰に手を当て、入り口で剣を手放した現状を思い出して青ざめた。
魔族の中でも最強種のドラゴンは、羽ばたきひとつで城を揺らす威力があった。大きく揺れた枝が壁を叩き、窓枠が風の強さに悲鳴をあげる。がたがたと乱れた気流に翻弄される音がやみ、庭へ続く硝子戸が開いた。
「サタン様っ! オリヴィエラ、邪魔」
背に翼を生やしたまま、高い天井の下を飛んでくる。白いドレス姿のリリアーナを手招くと、真っすぐに玉座の足元へ降り立った。背が大きく開いたノースリーブのドレスは、羽の動きを可能にする。
ばさりと音を立てて下りたリリアーナは、足元にぺたんと座り、オレの膝に頭を乗せた。長い金髪に手を置くと、尻尾が左右に振られた。玉座へ上がる階段に長く垂れる尻尾も、背の羽も、肌に残した鱗すら魔族の象徴だ。もう少し力をつければ、角も生えてくるはずだった。
「言われた仕事、した。死体は、捨てた」
「よくやった」
驚いたマルファスと違い、彼女らに人間の教育は必要ない。魔族である以上、逆に邪魔になるだろう。力がすべて、揮う力が強ければ正義――彼女らはそれでいい。素直に真っすぐに振る舞う少女は、今のままで十分に使えた。演技を教え込むより、素で演技以上の効果を狙うのが飼い主の腕の見せ所だ。
ぐりぐりと頭を膝の上で揺らして甘えるリリアーナの隣で、クリスティーヌが羨ましそうに指を咥えた。手招きすれば、隣からそっと頭を乗せて微笑む。愛玩動物の飼い方がようやく分かってきた。互いに嫉妬するゆえ、ある程度公平に相手をしてやらねばならぬ。
非常識なバシレイアの玉座事情に、グリュポスの王弟も外交官達も言葉を失った。女性を玉座の足元に上げることはもちろんだが、王女ロゼマリアを除き、全員が人外だ。ドラゴンを従える王など、人間が想像する範疇を越えていた。
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