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第4章 愚王の成れの果て
75.整えられた場に不在の主
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孤児院と化した離宮にいたロゼマリアは、大急ぎで支度にとりかかった。夜の外出で味わった恐怖から、城の衛兵すら近づけたがらぬお姫様だが、この国を豊かにする王の命令に逆らう気はない。可能な限りお手伝いして差し上げたいと、命令通りにドレスを選び始めた。
「これなんかどうかしら」
「お顔映りもよい色ですし、この色になさいませ」
乳母は手慣れた様子で着替えを手伝う。コルセットで腰を絞り、胸の膨らみを強調した。足が悪く以前は苦戦した編み紐を引く作業を今は難なくこなし、老女は身体を作った王女にドレスを着せていく。
背中に編み紐がある黄緑のドレスは、自分一人では着ることも脱ぐことも出来ない。肘までの袖先はすべてフリルやレースに飾られ、実用性はなかった。これこそが『傅かれる立場の女性』に相応しい衣装なのだ。常に手助けする侍女がいることが前提だった。
裾に向けて色が濃くなるスカートを着け、ビスチェタイプの後ろを紐で縛り上げる。力を入れて可能な限り絞った身体は、曲線美が悩ましい。大きくひらけたデコルテ部分にラメを散らし、大きな琥珀がついたネックレスを着けた。金細工のネックレスは彼女の金髪に馴染む。
緩やかにウェーブする長い金髪を、老女の手が素早く編み上げていく。両側に編み込んだ三つ編みを絡めて上でひとつにまとめた。白粉やラメで装った顔に、最後の仕上げとして紅を引く。
「お美しいですわ」
「これなら平気かしら」
着飾れと言われたが、誰が来るのか。どうして必要があるのかわからない。鏡の前で最終確認をしながら、迎えを待つことにした。気合を入れて締め上げたコルセットが少し苦しい。最近は孤児の相手をする日が多く、表に出なかったため緩めて生活していた。久しぶりの盛装に肩が凝る。
コココン、せっかちなノックの音に振り向くと、黒いドレスに身を包んだオリヴィエラが立っていた。上質な絹の艶が小麦色の肌に映える。身体に沿わせたシンプルなデザインだが、よく見ると生地は地模様が織り込まれ、驚くほど繊細な刺繍が施されていた。
見た目を裏切る豪華さに、制作費用を想像するとぞっとした。とんでもない値段のドレスを纏い、濃茶の髪をハーフアップにして左側に流す。その髪に絡めた真珠は、大粒で真円だった。楕円ならわかるが、円形の真珠は高額品だ。指輪やネックレスに使うことはあっても、髪に絡める使い方は贅沢だった。
首に飾られた銀色のネックレスは1粒真珠が輝く。耳に揺れる真珠のイヤリングが飾られ、整った顔はきつめの化粧が施されていた。赤い紅はひと際目を引く。どこまでも艶やかな美女は、艶のある黒いヒールで歩み寄り、鏡台の前に座るロゼマリアを上から下まで眺めて微笑んだ。
「素敵じゃない。お姫様らしいわ、これならサタン様の命令通りね」
「ありがとうございます。オリヴィエラ様もお美しいです」
乳母の手を取って立ち上がったロゼマリアは、ヒールの高い靴に履き替える。大きく膨らませたスカートの裾から、ちらりと金色の爪先が覗いた。緑と金は相性がいい。センスのある組み合わせに頷いたオリヴィエラが先に立ち、後ろをロゼマリアと乳母が続いた。
「お待たせいたしました」
「お呼びに従い、参上いたしました」
2人が顔を見せた謁見の大広間は、とんでもない状況だった。宰相アガレスが左側に立ち、右側の来客用のスペースは罪人らしき男が数人転がる。きっちり身支度を整えたアガレスの斜め後ろに文官が数人、騎士が10名ほど控えた。この国は現在貴族階級が不在のため、このような配列になったのだろう。
「サタン様はどちらですの?」
玉座の足元にある5段の階段を上ったオリヴィエラは、姿の見えない主を探す。魔力も感じ取れない状況に眉をひそめた時、入場を知らせる扉の衛兵の声が響いた。
「グリュポス王国、王弟ライオネス殿下のご入場でございます」
「これなんかどうかしら」
「お顔映りもよい色ですし、この色になさいませ」
乳母は手慣れた様子で着替えを手伝う。コルセットで腰を絞り、胸の膨らみを強調した。足が悪く以前は苦戦した編み紐を引く作業を今は難なくこなし、老女は身体を作った王女にドレスを着せていく。
背中に編み紐がある黄緑のドレスは、自分一人では着ることも脱ぐことも出来ない。肘までの袖先はすべてフリルやレースに飾られ、実用性はなかった。これこそが『傅かれる立場の女性』に相応しい衣装なのだ。常に手助けする侍女がいることが前提だった。
裾に向けて色が濃くなるスカートを着け、ビスチェタイプの後ろを紐で縛り上げる。力を入れて可能な限り絞った身体は、曲線美が悩ましい。大きくひらけたデコルテ部分にラメを散らし、大きな琥珀がついたネックレスを着けた。金細工のネックレスは彼女の金髪に馴染む。
緩やかにウェーブする長い金髪を、老女の手が素早く編み上げていく。両側に編み込んだ三つ編みを絡めて上でひとつにまとめた。白粉やラメで装った顔に、最後の仕上げとして紅を引く。
「お美しいですわ」
「これなら平気かしら」
着飾れと言われたが、誰が来るのか。どうして必要があるのかわからない。鏡の前で最終確認をしながら、迎えを待つことにした。気合を入れて締め上げたコルセットが少し苦しい。最近は孤児の相手をする日が多く、表に出なかったため緩めて生活していた。久しぶりの盛装に肩が凝る。
コココン、せっかちなノックの音に振り向くと、黒いドレスに身を包んだオリヴィエラが立っていた。上質な絹の艶が小麦色の肌に映える。身体に沿わせたシンプルなデザインだが、よく見ると生地は地模様が織り込まれ、驚くほど繊細な刺繍が施されていた。
見た目を裏切る豪華さに、制作費用を想像するとぞっとした。とんでもない値段のドレスを纏い、濃茶の髪をハーフアップにして左側に流す。その髪に絡めた真珠は、大粒で真円だった。楕円ならわかるが、円形の真珠は高額品だ。指輪やネックレスに使うことはあっても、髪に絡める使い方は贅沢だった。
首に飾られた銀色のネックレスは1粒真珠が輝く。耳に揺れる真珠のイヤリングが飾られ、整った顔はきつめの化粧が施されていた。赤い紅はひと際目を引く。どこまでも艶やかな美女は、艶のある黒いヒールで歩み寄り、鏡台の前に座るロゼマリアを上から下まで眺めて微笑んだ。
「素敵じゃない。お姫様らしいわ、これならサタン様の命令通りね」
「ありがとうございます。オリヴィエラ様もお美しいです」
乳母の手を取って立ち上がったロゼマリアは、ヒールの高い靴に履き替える。大きく膨らませたスカートの裾から、ちらりと金色の爪先が覗いた。緑と金は相性がいい。センスのある組み合わせに頷いたオリヴィエラが先に立ち、後ろをロゼマリアと乳母が続いた。
「お待たせいたしました」
「お呼びに従い、参上いたしました」
2人が顔を見せた謁見の大広間は、とんでもない状況だった。宰相アガレスが左側に立ち、右側の来客用のスペースは罪人らしき男が数人転がる。きっちり身支度を整えたアガレスの斜め後ろに文官が数人、騎士が10名ほど控えた。この国は現在貴族階級が不在のため、このような配列になったのだろう。
「サタン様はどちらですの?」
玉座の足元にある5段の階段を上ったオリヴィエラは、姿の見えない主を探す。魔力も感じ取れない状況に眉をひそめた時、入場を知らせる扉の衛兵の声が響いた。
「グリュポス王国、王弟ライオネス殿下のご入場でございます」
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