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第3章 表と裏
56.弓引く存在は確実に屠る
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実行犯の人間はリリアーナが処理して持ち帰る。それを飾れば、多少の動きがあるだろう。魔族の狙いは、オレに対して国民の恐怖を煽ることだ。
反逆した人間を、オレが殺さないとでも考えたか? たとえ己の治める国の人間であっても、それが魔族であっても、この魔王に弓引く存在は確実に屠る。法に照らし、理に合わせ、罪は罰せられる必要があった。甘い考えで、魔王を名乗れるはずがあるまい。
――消えた死体は、今頃何をしているのか。
侍女2人と料理番1人が、衛兵により運び出される。彼らの警護不足を責める気はなかった。内部に入り込まれた敵を炙り出すのは、上役の仕事だ。衛兵は手足となって命令を果たす存在だった。彼らの職責に、自ら判断して事件前に敵を排除する役目は含まれない。
「子供は全員無事か?」
ロゼマリアの乳母エマが慌てて答えた。彼女はこういった場面でも動ける。乳母として長く仕えた王宮で、様々な修羅場も潜ってきたのだろう。生来の気質かも知れないが、下手な衛兵より肝が座っていた。
「は、はい。子供に被害は……ありませんでした」
後ろのシスターに確認して大きく頷く。そんな老女の袖を掴んで俯くロゼマリアが、何かに気づいた様子で顔をあげた。
「あ、もしかしたら……関係ないかも、知れないのですが」
無言で先を促せば、ごくりと唾を飲んだロゼマリアが切り出した。確証がないと前置きしたが口にするなら、重要な情報である可能性が高い。少なくとも、この王宮に長く住まう者が感じた違和感だ。
「事件が起きる少し前、庭で羽音がしたのです。大きな鳥のような……リリアーナさんの羽の音に似てて、だから彼女かと思ったのですけれど」
「ああ、思い出しました。ロゼマリア様に言われて、カーテンを開けたところ、白い大きな……馬? がおりました」
羽の音を聞いたロゼマリア、カーテンを開けて馬を見たエマ。殺されなかった子供達、殺された侍女や料理番――すべてが繋がっていく。人間を操る能力を持った魔族、今回の事件を起こせる種族に心あたりがあった。
「なるほど。助かった、礼を言う」
そう微笑んで礼を言えば、彼女らは頬を赤く染めて「いいえ」と首を横に振った。
「お役に立ててよかったですわ」
「……仲良い。リリアーナ、頑張ったのに」
文句を言いながら飛び込んできたのは、血塗れのリリアーナだった。肌や服に飛んだ血をそのままに、大急ぎで獲物を掴んで舞い戻れば、ロゼマリアが番を惑わしている。彼女が認識したのは、下位に認識した側室が、正妻である自分を差し置いて主人に言い寄っている姿だった。
唸って威嚇するリリアーナを手招きすれば、慌てて駆け寄る。しかし触れる直前で足を止めて、泣きべそをかいた。
「どうした?」
「……汚れてる、触れない」
赤い血をつけてしまうと口を歪めて嘆く少女に、こちらから距離を詰めた。べそべそ涙を零すリリアーナを引き寄せて、金髪の上に触れる口付けを贈る。この血で汚れた姿は、彼女が命令を果たした証だった。
命じた通り罪人を処理した配下を、触れると汚れるからと厭う主人がどこにいようか。
「よくやった。成果を見せてみろ」
「うん!」
半泣きだったリリアーナは、涙が乾く間もなく笑みを浮かべた。
反逆した人間を、オレが殺さないとでも考えたか? たとえ己の治める国の人間であっても、それが魔族であっても、この魔王に弓引く存在は確実に屠る。法に照らし、理に合わせ、罪は罰せられる必要があった。甘い考えで、魔王を名乗れるはずがあるまい。
――消えた死体は、今頃何をしているのか。
侍女2人と料理番1人が、衛兵により運び出される。彼らの警護不足を責める気はなかった。内部に入り込まれた敵を炙り出すのは、上役の仕事だ。衛兵は手足となって命令を果たす存在だった。彼らの職責に、自ら判断して事件前に敵を排除する役目は含まれない。
「子供は全員無事か?」
ロゼマリアの乳母エマが慌てて答えた。彼女はこういった場面でも動ける。乳母として長く仕えた王宮で、様々な修羅場も潜ってきたのだろう。生来の気質かも知れないが、下手な衛兵より肝が座っていた。
「は、はい。子供に被害は……ありませんでした」
後ろのシスターに確認して大きく頷く。そんな老女の袖を掴んで俯くロゼマリアが、何かに気づいた様子で顔をあげた。
「あ、もしかしたら……関係ないかも、知れないのですが」
無言で先を促せば、ごくりと唾を飲んだロゼマリアが切り出した。確証がないと前置きしたが口にするなら、重要な情報である可能性が高い。少なくとも、この王宮に長く住まう者が感じた違和感だ。
「事件が起きる少し前、庭で羽音がしたのです。大きな鳥のような……リリアーナさんの羽の音に似てて、だから彼女かと思ったのですけれど」
「ああ、思い出しました。ロゼマリア様に言われて、カーテンを開けたところ、白い大きな……馬? がおりました」
羽の音を聞いたロゼマリア、カーテンを開けて馬を見たエマ。殺されなかった子供達、殺された侍女や料理番――すべてが繋がっていく。人間を操る能力を持った魔族、今回の事件を起こせる種族に心あたりがあった。
「なるほど。助かった、礼を言う」
そう微笑んで礼を言えば、彼女らは頬を赤く染めて「いいえ」と首を横に振った。
「お役に立ててよかったですわ」
「……仲良い。リリアーナ、頑張ったのに」
文句を言いながら飛び込んできたのは、血塗れのリリアーナだった。肌や服に飛んだ血をそのままに、大急ぎで獲物を掴んで舞い戻れば、ロゼマリアが番を惑わしている。彼女が認識したのは、下位に認識した側室が、正妻である自分を差し置いて主人に言い寄っている姿だった。
唸って威嚇するリリアーナを手招きすれば、慌てて駆け寄る。しかし触れる直前で足を止めて、泣きべそをかいた。
「どうした?」
「……汚れてる、触れない」
赤い血をつけてしまうと口を歪めて嘆く少女に、こちらから距離を詰めた。べそべそ涙を零すリリアーナを引き寄せて、金髪の上に触れる口付けを贈る。この血で汚れた姿は、彼女が命令を果たした証だった。
命じた通り罪人を処理した配下を、触れると汚れるからと厭う主人がどこにいようか。
「よくやった。成果を見せてみろ」
「うん!」
半泣きだったリリアーナは、涙が乾く間もなく笑みを浮かべた。
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