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第3章 表と裏

47.信じると思ったか?

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 牢内の惨状を前に、腕を組んで考え込む。鉄錆た臭いが染み付いた石造の牢は、数百年単位で罪人の血や涙が流された場所だ。その薄暗く日差しもろくに差し込まない地下に、バラバラになった大量の部品が転がっていた。

 牢番は居眠りをしたと謝罪したが、この場を離れていない。2人いるため、生理現象で離れた時間もどちらかが残っていた。この場が誰もいない状況になった空白は存在せず、しかも居眠り出来るほど静かだったなら。

「ふむ……毒殺ではないのか」

 全員死んだと聞いて思い浮かべた手段は、毒殺だった。食事、水、霧状にして散布する。様々な方法が選べる上、全滅させることが容易だ。特に牢内で食事や水に混ぜられた場合は、遅効性ならばほぼ全員に摂取させることができた。散布しても同様の結果が得られる。こちらは即効性でも構わないが、牢番2人が生きているので違うだろう。

「父を殺さないと……まだ生きているとおっしゃったのに」

 心労か、臭いや血の気配に怯えたか。牢の入り口で泣き崩れたロゼマリアの悲痛な声が反響する。しかしオレの意識は別の場所にあった。

 親を失って泣き叫ぶのは人間くらいだった。魔族にとって親は乗り越える障害でしかない。同じ能力を持つ先達者であり、導き手であり、最後に超えて叩き潰す存在だった。そのため彼女の嘆きは知識として理解できても、実感は一切伴わない。

 これは親が育てなかったリリアーナや捨て子のクリスティーヌも同様だった。不思議そうに首をかしげ、互いに顔を見合わせている。ロゼマリアが嘆いている事実は理解しても、その心情はまったくわからない証拠だった。

「吸い込む毒、ない」

 呼吸を止めることができる吸血種は、空気中の毒に影響されない。淡々と分析したクリスティーヌの隣で、くんくんと臭いを確かめていたリリアーナも首を横に振った。

「毒じゃない」

 死体はバラバラに切り刻まれている。流れた血に毒が含まれていないなら、どうやって彼らを黙らせた? いきなり剣で切ろうとすれば、王侯貴族は我先に助かろうと叫んだはず。牢番は騒ぎを一切知らず、朝になって初めて現場を知った。

 音もなく騒ぎもなく、朝までに死体を量産する。考えつくのは魔法による攻撃、結界による遮断だった。しかしこの城周辺で大きな魔力を感知していないため、考えられるのは結界による遮断だろう。

 数歩前に出て、転がっている太い腕を拾う。出血した傷口の状態は綺麗で、よく切れる刃で落とされていた。魔法の痕跡がないことから、風や水の魔法を使う切断ではない。傷口を焼いてもいない。つまり犯人は物理的に人間をバラしたが、結界の中であっても魔法は使わなかった。

 まったく別の方法もあるが、それは高等魔術に分類される。この世界の魔法や魔力のレベルから判断すると難しかった。

「……調査のできる奴が必要だ」

「私が、調べますわ」

 後ろからかかる声に振り向かずに、組んだ腕を解いたオレは「任せる」とだけ返した。

 リリアーナが唸るのを、撫でて大人しくさせる。だいぶ躾が身についてきたリリアーナは、不満そうながらも飛びかかるのを我慢した。

「ロゼマリアを慰めてやれ」

 役目を与えると、こちらを気にしながらも従う。リリアーナが離れたことで、背中に手が触れた。おずおずと伸ばされた手の主は「信じてくださるの?」と愚かな質問をした。

「信じると思ったか?」

 お前も同じ立場なら信じないだろう。そもそもこの世界の誰も信じていない。ただ使えるか判断しているだけだった。否定する返答に、なぜかうっとりと身体を寄せられる。豊満な胸を背に押し付けた美女は、すぐに離れた。

「信じていただけなくても、私はあなたの物ですわ」

 捨て台詞のように重い感情を残し、彼女は姿を消した。残された甘い香りが、牢のカビと血の臭いに混じる。不愉快さに舌打ちし、再び腕を組んだ。
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