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第1章 強制召喚

5.オレにケンカを売るとはいい度胸だ

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「痴れ者めっ!」

 抑えていた魔力を威圧に変えて叩きつける。ドラゴンの黒い鱗が逆立ち、怯えを見せて地に伏せた。倒れるようにして地面に這いつくばる姿は、哀れなほど非力だ。直接魔力を叩きつければ鱗が剥がれ、ドラゴンの命を奪っただろう。しかし威圧に変換したことで、ドラゴンは地面に押し付けられる形となった。

 失敗した民や部下をいきなり殺すのは、執政者として失格だ。このドラゴンは敵なのだが、魔王たるもの寛大さは必要だと口角を持ち上げた。震えるドラゴンがきゅーんと鳴く。

「誰の指示だか知らぬが、オレにケンカを売るとはいい度胸だ。命じた者の元へ案内せよ」

 くいっと顎で去るように示すと、後ろへ後ずさった。後ろで何かが壊れる音がするが、ドラゴンは必死で下がって再び伏せる。ひんひんと悲鳴じみた声を上げる様子に眉をひそめた。

 明確な会話は成り立たないが、ドラゴンが命じた者もオレも恐れているのはわかる。オレを連れ帰れば、命じた者に怒られる。だが今オレに逆らって殺されるのも嫌だ。板挟みの現状を訴えて必死に懇願する姿に哀れを感じた。

「……しばしこの場におれ。何とかしてやろう」

 平身低頭。文字通り頭を擦りつけて謝る姿を前に、それ以上責めるのは気が咎めた。歩み寄ってぽんぽんと鼻先を叩くと、ふしゅーと安堵の息をついた。緊張が解けたのか、ごろんと横倒しに倒れてしまう。気を失ったわけではないので、そのままにして振り返る。

 壊された王宮の建物に眉をひそめた。ずいぶんと脆い造りだが、古そうでもない。手抜き工事でもしたのか? 漆喰らしき白い外観の中に木片が覗いていた。

「ふむ、やはり手抜きか」

 ドラゴン種が棲む地域ならば、建物は石造りに限定される。木造建築物は彼らにとって吹けば飛ぶ玩具に過ぎず、彼らが降り立つだけで壊れる可能性があった。この王宮にある召喚が行われた塔は石造りなのだから、きっと王宮を建てた時にドワーフに手抜きされたのだろう。

 彼らは扱いを間違えて機嫌を損ねると、見えない場所で手を抜くからな。二日酔いの日に仕事をさせるのも危険だ。それを知らずに任せたのだろうと納得した。この王宮の間抜けな王族ならばあり得る話だった。完全に舐められた状態というわけか。

 びしゃびしゃと水音が聞こえる。ドラゴンの後ろから聞こえるため、大きな金色の瞳を覗き込んだ。ぱちくりと瞬きするドラゴンは慌てて伏せの姿勢に戻る。

「排泄は城の外でしろ」

 恐怖で漏らしたのかと思い、出来るだけ小声で注意してやる。さすがに人間どもに知られるのはプライドが傷つくだろう。竜種は誇り高い種族なのだ。気遣うのは主人としての役目だった。無駄に傷つければ遺恨を残す。

 しかし言われた内容に首をかしげたドラゴンは、大慌てで首を横に振る。絶対に違うと鼻息荒く否定する姿に「わかった」と声をかけて回り込めば、後ずさったドラゴンが後ろ足で壊した何かが見えた。よく見るために、ドラゴンの尾を無造作に持ち上げる。

 ドラゴンの向こう側にあったのは、壊れた噴水だった。水を吹き出す噴水は、元は優美な彫刻が上に飾られていたようだが、今は壊れた水道に過ぎない。このまま放置すれば庭が水浸しになるため、魔力で水の流れを変更した。

 ちょろちょろ流れる水を地下水脈に転送したところで、掴んでいた尾がばったんと振られた。叩かれれば人の骨など簡単に砕く勢いだが、魔力で強化されたオレの手は弾かれただけ。

 興奮した様子で何か訴えてくるドラゴンが、伝わらないとみるや顔を覆って蹲ってしまった。抗議した内容がわからず、黒いドラゴンの尾をもう一度掴む。今度は大暴れするドラゴンの翼や手足が、整えられた庭や王宮を破壊した。

 後ろで悲鳴や怒号が飛び交うが、基本的に魔族は己の身は己で守るのが流儀。ドラゴンに潰されようが、建物に圧し潰されようが自己責任だった。ちらりと視線を向ければ、騎士に守られた王族が逃げていく。脆弱で卑怯なくせに、逃げ足だけは達者と見える。

 所かまわず暴れるドラゴンをひっくり返したところで、オレは失態に気づいた。

「すまない、雌だったのか」
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