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最終章 御伽噺はこうして終わる

130.地位を捨てたから得た絆

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 見回した先に見覚えのある顔は少ない。それだけ貴族や王族が、前の世界に残った証拠だ。きっと新しく歩み始める世界にとって、それは僥倖だった。凝り固まった固定概念を捨てることができた者ならば、魔族との共存も図れるはずだ。

 人々の間を歩くリアトリスに、大きく手を振ったのはアルカンサス辺境伯バコパだった。いや、もう辺境伯の肩書はない。王家も国もないのに、貴族の称号を名乗りはしないだろう。

「バコパ師匠。弟とガウナを探しているのですが」

 見かけませんでしたか。そう問う前に、リアトリスの前に弟が押し出された。寝巻きではなく、質の良いシャツとズボン姿だ。乗馬前のように軽装だった。王太子の豪華な上着はなく、シンプルな上着を手に持っている。それを放り出して、抱き付いてきた。

 両手を広げて受け止める。

「よく無事だった。顔を見せて……」

 白い布をまだ手首に巻いた弟王子は、鼻を啜りながら涙を乱暴に拭った。賢者となって旅立つ兄の代わりに、王太子の地位を受けた時から涙は封印した。元は泣き虫で優しくて、虫を殺すのも躊躇う子だ。さぞ辛い思いをさせただろう。

「もう肩書はない。好きに泣いて良いぞ」

 男だったら泣くなと言われてきた王子は、兄と同じ青い瞳を見開いてぽろぽろと涙を溢した。ぐずぐずと泣きじゃくりながら、父と母は残ったのだと話す。説得したけれど、それが王族の役目と言われた。だったら王子の自分も残ると母上に抱きついたが、兄を1人にするの? と諭されたそうだ。

 その話を聞いて、リアトリスは「ああ、やっぱり」と唇を噛んだ。鼻の奥がつんとして、目が熱く感じる。涙をこぼさないよう、上を向いた。目に染みる銀の空は美しく透き通り、まるで水晶のようだ。

 父も母も、俺の話を理解してくれた。だからこそ、余計な不穏分子をすべて引き付けて残ったのだ。自らを囮として、身勝手な貴族とともに消滅する道を選んだ。嘆くのは今だけ……そうしたら父母が望んだように、手探りの未来を新しい世界で生きていく。

 だから……いまだけ。

「お泣きなさい。今を逃したら泣けなくなりますぞ。王は立派な方でした」

 バコパの声に促されたように、眦を熱い雫がこぼれ落ちた。ひとつ落ちると、上を向いても次々と溢れ出す。声も出さず泣く兄と、しゃくり上げる幼い弟――そこへ駆け寄った男は、騎士の証である剣を放り出して膝をついた。

「ご無事で……我が主人よ」

 ほっとした様子で崩れ落ちたガウナは、心から安堵して大きく息を吐き出した。震える声につられ、唇から始まった震えが手足にまで広がる。その手を伸ばし、生まれゆえに生き方を縛られた不器用な兄弟を抱き締めた。

 王族であった彼らにこんな行動は許されない。無作法に分類される行為なのに、彼らは自然と表情を和らげる。膠着した時がようやく動き出そうとしていた。銀の空のように未来は明るい、疑いなくそう信じられた。
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