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第3章 魔王城を目指す覚悟

92.うちの敷地が全部入るわ

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 魔王城の謁見の広間に、これほど人間が並ぶのは珍しい。ドラゴンや獣人、魔獣の一部も顔を見せる広間は大きく作られていた。

「広いのね」

 聖女クナウティアは感心したように見回し、声が反響することに喜ぶ。王城の広間も一度訪れたがよく覚えていないし、ここまで広くなかった。装飾品は王城より地味なデザインが多い。しかし骨董品としての価値もあり、高価な品ばかりだった。人間なら宝物庫に仕舞うレベルの高い絵画や壺が無造作に飾られている。

「あの絵は、見事だ」

 思わず感嘆の声をあげたのは、賢者リアトリスだ。王族であり高額品は見慣れているが、左側の絵に目を止めた。ついでに足も止まり、近づいてじっくり鑑賞する。

「人間、向こうへいけ」

 嫌そうに顔をしかめる猫の獣人へ、リアトリスは臆することなく尋ねた。

「この絵は人物画だけど、どなたがモデルかな。描いたのは魔族の方?」

 矢継ぎ早に質問を向けると、驚いた様子の狼獣人が声をあげた。

「その絵は母上を描いた父上の手による……」

「なんと! 素晴らしい、画家の息子殿か。貴殿は絵を描かれるのか?」

「……すこし」

 困惑した狼獣人に、今度絵を見せて欲しいと頼んだところで、元王太子は足を震わせた騎士に引きずられていく。怯えているのは騎士やセントーレアの両親くらいだった。

 セントーレア自身はニームと腕を組み、あれこれと興味深そうに指差して話している。怯えた様子は全くなかった。セージはようやく会えた妹にべったりで、まるで背後霊である。リナリアは、情けない夫を引き摺って広間に入った。

 魔族の中で、人間の妻は夫を尻に敷く生き物――とあながち間違ってもいない認識が広まる。魔王側は重鎮が呼び出され、魔王の玉座の周囲に整然と並んだ。角や翼、鋭い爪など武器を持たずとも十分強そうな者達だ。獅子の獣人が膝を着いた。魔族が一斉に頭を下げる。

「魔王陛下、聖女と勇者一行をご案内しました」

 他の魔族と違い、満面の笑みで魔王を迎えた宰相ネリネが姿勢を正すと、周囲の魔族も従った。顔をあげよと大仰に口を開くのを好まない魔王シオンの意向だ。声を出さない方が威厳がある、陰があってかっこいいと城内で評判はいい。

「魔王陛下、先ほどは失礼いたしました」
 
 夫を探しに中座したリクニスの使者に、魔族の視線が集まる。獣や竜の眼差しが注がれても、リナリアは堂々としていた。ここから交渉が始まり、その結果次第で人間、リクニス、魔族の運命が決まるのだ。緊迫した状況を切り裂く、空気を読まない声が放たれた。

「すごい、うちの敷地が全部入るわ!!」

 ようやく立ち直りかけたルドベキアが崩れ落ちる。しくしく泣く父の悲哀を知らず、娘は無邪気に残酷な発言を続ける。

「おうちも入るくらい天井高いし、お城にこんな場所があったなんて知らなかったわ」

「誰もご案内しませんでしたからね。クナウティア嬢、父上を慰めてあげてください」

 ネリネが上手に意識を逸らしたことで、ようやくリナリアと魔王の会談が始まった。
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