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第3章 魔王城を目指す覚悟
82.馴染めない王子の苦悩
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魔王が蘇ると魔物の知能が高まる。そんな話は噂だけと思っていた。しかし森に入って魔王城に近づくにつれ、彼らの認識は変わる。いや、変わらざるを得なかった。
犬猫の程度の知恵しか持たず、人間と見れば襲い掛かったオークは遠巻きに眺めて近づかない。先端を細く鋭く削った槍に似た棒を持ち、こちらの様子を伺う。その姿に目を瞬いた。
「本当に知力が上がるのだな」
「ああ、以前見たオークは獰猛で思慮の欠片もなかった」
騎士達も魔物討伐に参加経験がある。あまりに大人しくこちらの様子を窺い、手出しせず見送ろうとする様子に驚いた。武器を手にする姿からも、警戒しているのは間違いない。どうやら戦わずに抜けられそうだ。
森を進めば進むほど、大型種で凶暴な魔獣や魔物が増えていく。人型でも知能がなければ猿と同じ。そう考えて討伐してきた騎士や、行商人として魔物と遭遇したセージの認識をひっくり返すのに十分過ぎる情報だった。
予定通りの距離を進んだため、見つけた小さな池の脇にテントを張った。夜営の準備を暗くなってから行うのは愚策で、行商人として荷馬車で旅をしたセージの進言で早く休む。食料を調達し、水を確保したら、後はゆっくり体を休めるのが基本だった。
その分朝が早く、明け方の光が差し込むと動き出す。騎士は早朝や夜間の訓練を行なっているが、一番体がキツイのは賢者リアトリスだ。王太子として剣術の稽古は受けていたが、とにかく旅に耐えうる体力が足りない。
早朝は起きられず、引きずられるように馬に乗せられた。ぐったりしたまま午前中の行軍をこなし、昼頃から気力が回復する。その分夜は目が冴えるようで眠れず、次の日に疲れを持ちこす。最悪の循環だった。
「水を用意してまいります」
「悪いな、火を熾しておく」
騎士とセージは旅慣れているため、さっさと夜営の支度を始めた。ぼんやり火の番をするリアトリスの自尊心はボロボロだった。今まで自分は他人より優れた側だった。勉学も剣術も学友より抜きんでた実力があり、魔力も豊富で王族という地位がある。選ばれた賢者の地位も誇らしかった。
それが……こんな事態になるなんて。夜営でほとんと役に立たず、朝も起きられない。城にいた頃は執務の真似事や勉学に励む時間に眠ろうとしても、目が冴えた。騎士も似たような状況だと考えたのに、彼らはこの生活に順応した。
旅慣れた行商人のセージに従い、交流を深めていく。自分だけが残されてしまった。疎外感が生まれ、情けなさに八つ当たりの言葉が口をつく。
「っ、そなたらは楽でいい」
「……殿下?」
騎士の問い返しに首を横に振り、火に焚べる新たな薪を手にしたリアトリスは、後ろから襟を掴んで引き倒された。仰向けに転がった先で、恐ろしい形相のセージが視線を埋める。
「今、なんて言った?」
きゅっと唇を噛みしめ、八つ当たりの言葉を思い返す。こいつらは僕と違う。だから野蛮な生活に対応できるんだ。思い上がった考えが口をつく前に、セージがリアトリスを引きずってテントへ歩き出した。慌て過ぎて何もできない騎士を横目に、セージはリアトリスをテントに投げ込む。乱暴な所作に騎士の一部が悲鳴をあげた。
「頭を冷やせ」
一言だけ残し、セージは背を向けた。
犬猫の程度の知恵しか持たず、人間と見れば襲い掛かったオークは遠巻きに眺めて近づかない。先端を細く鋭く削った槍に似た棒を持ち、こちらの様子を伺う。その姿に目を瞬いた。
「本当に知力が上がるのだな」
「ああ、以前見たオークは獰猛で思慮の欠片もなかった」
騎士達も魔物討伐に参加経験がある。あまりに大人しくこちらの様子を窺い、手出しせず見送ろうとする様子に驚いた。武器を手にする姿からも、警戒しているのは間違いない。どうやら戦わずに抜けられそうだ。
森を進めば進むほど、大型種で凶暴な魔獣や魔物が増えていく。人型でも知能がなければ猿と同じ。そう考えて討伐してきた騎士や、行商人として魔物と遭遇したセージの認識をひっくり返すのに十分過ぎる情報だった。
予定通りの距離を進んだため、見つけた小さな池の脇にテントを張った。夜営の準備を暗くなってから行うのは愚策で、行商人として荷馬車で旅をしたセージの進言で早く休む。食料を調達し、水を確保したら、後はゆっくり体を休めるのが基本だった。
その分朝が早く、明け方の光が差し込むと動き出す。騎士は早朝や夜間の訓練を行なっているが、一番体がキツイのは賢者リアトリスだ。王太子として剣術の稽古は受けていたが、とにかく旅に耐えうる体力が足りない。
早朝は起きられず、引きずられるように馬に乗せられた。ぐったりしたまま午前中の行軍をこなし、昼頃から気力が回復する。その分夜は目が冴えるようで眠れず、次の日に疲れを持ちこす。最悪の循環だった。
「水を用意してまいります」
「悪いな、火を熾しておく」
騎士とセージは旅慣れているため、さっさと夜営の支度を始めた。ぼんやり火の番をするリアトリスの自尊心はボロボロだった。今まで自分は他人より優れた側だった。勉学も剣術も学友より抜きんでた実力があり、魔力も豊富で王族という地位がある。選ばれた賢者の地位も誇らしかった。
それが……こんな事態になるなんて。夜営でほとんと役に立たず、朝も起きられない。城にいた頃は執務の真似事や勉学に励む時間に眠ろうとしても、目が冴えた。騎士も似たような状況だと考えたのに、彼らはこの生活に順応した。
旅慣れた行商人のセージに従い、交流を深めていく。自分だけが残されてしまった。疎外感が生まれ、情けなさに八つ当たりの言葉が口をつく。
「っ、そなたらは楽でいい」
「……殿下?」
騎士の問い返しに首を横に振り、火に焚べる新たな薪を手にしたリアトリスは、後ろから襟を掴んで引き倒された。仰向けに転がった先で、恐ろしい形相のセージが視線を埋める。
「今、なんて言った?」
きゅっと唇を噛みしめ、八つ当たりの言葉を思い返す。こいつらは僕と違う。だから野蛮な生活に対応できるんだ。思い上がった考えが口をつく前に、セージがリアトリスを引きずってテントへ歩き出した。慌て過ぎて何もできない騎士を横目に、セージはリアトリスをテントに投げ込む。乱暴な所作に騎士の一部が悲鳴をあげた。
「頭を冷やせ」
一言だけ残し、セージは背を向けた。
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