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第3章 魔王城を目指す覚悟

79.恋愛破壊神にジョブチェンジ

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 彼を意識したのは、4回前のループだった。重い荷物を運ぶ彼女に、「ほら、貸せ」と不器用に声を掛ける。強引に荷物を奪い取り、背負ってくれた。倉庫にしまった後、ぶっきらぼうに「またな」と門番へ戻った鱗人を見送った。

 直後に襲ってきた勇者一行に、門番である鱗人は殺され、駆け寄ったところを私も殺されたのよね。バーベナは記憶を蘇らせ、次のループでも優しくしてくれた彼を見つめる。

 鱗人は3回前のループで彼女に惚れたことを自覚した。門番を務める彼のところへ食事を運んだバーベナに、勇者達の矢が飛んでくる。咄嗟に己の身を盾にした。そこで自覚したのだ。大切な主君である魔王より、彼女を守りたいのだと。

 互いに互いを思ってすれ違う両片思いの2人は、現在人生ならぬ魔生最大の危機に直面していた。

「聖女様に、なにを……」

「何も! 何もしてない……信じてくれ。俺は好きな奴が」

 ずるりと後ろから、背負った荷物が転げ落ちた。赤毛のおっさんである。その瞬間、バーベナは悲鳴を上げて逃げた。もう何も見たくないし、聞きたくない。ずっと好きだったのに! 聖女に手を出そうとしただけじゃなく、おっさんまで襲ってたなんて!!

「バーベナぁ!!」

 叫んだ鱗人の声を背で聞きながら、涙を拭う彼女は全力で走り去った。猫の獣人である彼女の足は速い。あっという間に背中が遠くなり、敷地を区切る壁を一瞬で飛び越えた。

「バーベナさんって、すごいのね」

 にっこり笑ったクナウティアに、自分が破壊神クラッシャーだという自覚はない。両思い寸前の淡い恋愛に巨大なヒビを入れた聖女は、落ちた父を叩く。しかしまだ起きる様子はなかった。

「すみませんけど、部屋までお願いします」

 自分では持ち上がらないと訴え、半泣きでバーベナの飛び越えた壁を見つめる鱗人の繊細な恋心を砕く。

「でも何で走ってたのかしら。よほど嫌なことがあったのかも」

 自分に当て嵌めたクナウティアの感想は、心臓を止めかねないほどの衝撃を鱗人に与えた。よろめきながらルドベキアを引き摺る男に、戦いの後の高揚感も、勝ちの余韻もない。彼の胸を占めるのは、愛する猫耳メイドに逃げられた事実だけだった。

 部屋まで後少しだが、ルドベキアを持ち上げる気力もない。ずるずる引き摺る姿に違和感を覚えたのか、同僚が声を掛ける。

「どうした? 何かあったのか」

「……あった」

 ぼそっと返すが、彼のいう事件は未来の恋人候補に逃げられたことだ。しかし捕まえた人間らしき男と、心配そうな聖女の姿に同僚は勘違いした。

「そうか、ご苦労だった」

 労う同僚の向こうから、バタンと派手な音がしてドアが開かれた。今は使われていない一角は、なぜか荷馬車が停められている。その馬車を飛び越えた若者が、全力で走ってきた。

 反射的に槍を向けた同僚の鱗人の攻撃を潜り、スライディングして青年は聖女の前で止まる。

「ティア!」

「ニーム兄様っ」

 喜び抱き合う兄妹の足元で、父ルドベキアはまだ意識が戻らぬまま転がっていた。
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