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第1章 聖女に選ばれし乙女
28.髪は薄くても情に厚い
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まだ日暮れの鐘が鳴らされる少し前、アルカンサス辺境伯の屋敷を1組の兄妹が訪ねた。玄関先で門前払いをくらいそうな状況だが、この城塞都市は他所と違い、城主への直訴が認められている。
危険な地域に敢えて住んで支える民の意見を広く聞いて、住みやすく守りやすくするのがアルカンサス辺境伯家当主バコパの考え方だった。踏ん反り返っていても、民はついてこない。
城塞都市リキマシアは貿易の中継地点であるため、外部の人間の出入りが多かった。他国から刺客や兵士が商人のフリで入り込んでも気づきにくい。しかし街の住民達は違う。見知らぬ者が奥へ入り込もうとすれば、気づいた者同士で確認を行った。
誰か住民の親族ではないか。見たことがあるのではないか。繰り返される確認の中で、まったく見覚えがない他国の者と判断した時点で、誰かが通報に走ってくれるのだ。外壁より強固な守備体制が根付いていた。
「あの~」
クナウティアが声を掛けると、門番はじっと見つめた後で頷いた。
「名乗ってもらっていいか?」
「リッピア男爵家嫡男セー」
「ああ!! やっと勤める気になってくれたのか!?」
砦を守る要である第一部隊の部隊長が駆け寄る。訓練の帰りらしく、多くの兵士が後ろに続いていた。名乗りを途中で遮った彼は少し禿げた頭を撫でながら、人懐っこい笑みを浮かべる。
「セージ君だったな! 彼は問題ない。通してやってくれ! まず食事でもどうだ、おや……隣の薔薇色の別嬪さんは彼女か?」
「いえ、可愛い妹です」
どうしても枕言葉がないと妹を形容できない兄は、笑顔で自慢げに妹の肩を抱いた。ひとまず黙っていろと家族会議で念を押されたクナウティアは、愛想よく笑顔を浮かべて無言である。
「確かに可愛いな、立派な淑女だ。さあ中に入って」
促されて、あっさり門番を突破した。顔パスなんて、お兄様は凄いわ。感心しきりのクナウティアは安心した。長兄に任せれば全てうまくいく。にこにこと笑顔を振りまきながら、クナウティアは砦の内側を興味津々で眺める。
城塞都市の中心部である辺境伯の屋敷周辺は、各部隊の独身者が住んでいる。守りを固める意味でも、戦いに赴く際の利便性もあった。外壁を守る当番は、壁の内部に作られた仮眠所を利用する仕組みだ。
「昨日は大変だったんだ。王太子殿下がいらしてたが、護衛騎士殿が何者かに襲われたらしい」
「へえ、それは大事件ですね」
倒した当事者は平然としていた。なぜなら彼が倒したのは『少女を追いかけ回す変態』であり、騎士ではないのだ。王太子の護衛騎士と変態がイコールになる筈もなかった。王太子を守る騎士が攻撃された事件と解釈し、セージは相槌を打つ。
「まだ王子様はいらっしゃるの?」
それなら合流して連れてってもらおうと考えたクナウティアに、部隊長は残念そうに首を横に振った。
「もう王都へお帰りになったぞ」
礼を言ったものの残念そうなクナウティアを見て、部隊長は溜め息をついた。少し前に「王子様と夜空の乙女」という恋愛物語が流行ったことを思い出す。街中で美しい乙女が見染められ、王子の妃になる話だ。王道の恋愛小説だが、彼女もそれに憧れる子なのだろう。
勝手に納得して、恋に恋する年頃の少女を慰めるように、部隊長は食堂の扉を開け言い放った。
「好きな物を頼んでくれ。俺の奢りだ」
「「「やった!」」」
汗を拭きながら着いてきた部下が喜ぶと、部隊長は釘を刺した。
「お前らは1品までだ」
「「「ご馳走になります」」」
それでもお前らは自腹だと突き放さない辺り、部隊長の人柄が垣間見える。お人好しで面倒見の良い男は、セージとクナウティアを男ばかりの食堂の中央へ押しやった。運ばれる料理に目を輝かせるクナウティアの姿に、セージは少しの寄り道を決めて隣に腰掛けた。
危険な地域に敢えて住んで支える民の意見を広く聞いて、住みやすく守りやすくするのがアルカンサス辺境伯家当主バコパの考え方だった。踏ん反り返っていても、民はついてこない。
城塞都市リキマシアは貿易の中継地点であるため、外部の人間の出入りが多かった。他国から刺客や兵士が商人のフリで入り込んでも気づきにくい。しかし街の住民達は違う。見知らぬ者が奥へ入り込もうとすれば、気づいた者同士で確認を行った。
誰か住民の親族ではないか。見たことがあるのではないか。繰り返される確認の中で、まったく見覚えがない他国の者と判断した時点で、誰かが通報に走ってくれるのだ。外壁より強固な守備体制が根付いていた。
「あの~」
クナウティアが声を掛けると、門番はじっと見つめた後で頷いた。
「名乗ってもらっていいか?」
「リッピア男爵家嫡男セー」
「ああ!! やっと勤める気になってくれたのか!?」
砦を守る要である第一部隊の部隊長が駆け寄る。訓練の帰りらしく、多くの兵士が後ろに続いていた。名乗りを途中で遮った彼は少し禿げた頭を撫でながら、人懐っこい笑みを浮かべる。
「セージ君だったな! 彼は問題ない。通してやってくれ! まず食事でもどうだ、おや……隣の薔薇色の別嬪さんは彼女か?」
「いえ、可愛い妹です」
どうしても枕言葉がないと妹を形容できない兄は、笑顔で自慢げに妹の肩を抱いた。ひとまず黙っていろと家族会議で念を押されたクナウティアは、愛想よく笑顔を浮かべて無言である。
「確かに可愛いな、立派な淑女だ。さあ中に入って」
促されて、あっさり門番を突破した。顔パスなんて、お兄様は凄いわ。感心しきりのクナウティアは安心した。長兄に任せれば全てうまくいく。にこにこと笑顔を振りまきながら、クナウティアは砦の内側を興味津々で眺める。
城塞都市の中心部である辺境伯の屋敷周辺は、各部隊の独身者が住んでいる。守りを固める意味でも、戦いに赴く際の利便性もあった。外壁を守る当番は、壁の内部に作られた仮眠所を利用する仕組みだ。
「昨日は大変だったんだ。王太子殿下がいらしてたが、護衛騎士殿が何者かに襲われたらしい」
「へえ、それは大事件ですね」
倒した当事者は平然としていた。なぜなら彼が倒したのは『少女を追いかけ回す変態』であり、騎士ではないのだ。王太子の護衛騎士と変態がイコールになる筈もなかった。王太子を守る騎士が攻撃された事件と解釈し、セージは相槌を打つ。
「まだ王子様はいらっしゃるの?」
それなら合流して連れてってもらおうと考えたクナウティアに、部隊長は残念そうに首を横に振った。
「もう王都へお帰りになったぞ」
礼を言ったものの残念そうなクナウティアを見て、部隊長は溜め息をついた。少し前に「王子様と夜空の乙女」という恋愛物語が流行ったことを思い出す。街中で美しい乙女が見染められ、王子の妃になる話だ。王道の恋愛小説だが、彼女もそれに憧れる子なのだろう。
勝手に納得して、恋に恋する年頃の少女を慰めるように、部隊長は食堂の扉を開け言い放った。
「好きな物を頼んでくれ。俺の奢りだ」
「「「やった!」」」
汗を拭きながら着いてきた部下が喜ぶと、部隊長は釘を刺した。
「お前らは1品までだ」
「「「ご馳走になります」」」
それでもお前らは自腹だと突き放さない辺り、部隊長の人柄が垣間見える。お人好しで面倒見の良い男は、セージとクナウティアを男ばかりの食堂の中央へ押しやった。運ばれる料理に目を輝かせるクナウティアの姿に、セージは少しの寄り道を決めて隣に腰掛けた。
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