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第1章 聖女に選ばれし乙女

1.困ります、野菜の収穫が待ってるので

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 聖女選定の儀――セントランサス国では、16歳になった少女は全員、この儀式に参加を義務付けられてきた。国を守る聖女は、血筋に関係なく選ばれる。愛と美の女神ネメシアの加護を得た少女は数十年に一度現れ、セントランサスを守る役目を負う。子供の頃に御伽噺で聞いた。

 実際の仕事はわからなけど、国を守るなんて立派な仕事と感心したのを覚えている

 目の前に置かれた透明の大きな珠は、女神がくださった宝石らしい。大きすぎてガラス玉みたいで、高額品という実感はなかった。クナウティアは珠を見つめた後、そっと左手を乗せる。神官に事前に聞いた話では、聖女を選定した珠は薔薇色に光るのだと――。

 きらきらと手のひらの下で薔薇色の光が踊っている。視線を外して空を見上げて、もう一度視線を戻した。やっぱり光っている。少し考えて手を離し、透明に戻った珠にもう一度手を翳す。やはり薔薇色に光っていた。

「聖女様だ! 聖女様が選ばれたぞ!!」

 愛と美の女神ネメシアが選んだクナウティアは、ピンクブロンドの少女だった。今年で16歳、若草色の瞳を持つ彼女はどちらかと言えば幼く見える。年齢を4つほど下げれば、誰もが納得する幼さと、将来は美女になること請け合いの可愛い顔立ち。まだふくらみの足りない胸元は、コサージュが飾られていた。

 クリーム色のドレスがよく似合う肌は、日に焼けた小麦色だ。同色の帽子を被ってきたが、珠の前に立つときに椅子の上に残してきた。きょとんとした目は大きく、猫目のような釣り上がった形をしている。桜色の小さな唇と、少し低い鼻。本人のコンプレックスである小鼻は、驚きでさらに膨らんだ。

「すぐに国王陛下へご連絡を」

「彼女をこちらへお連れしてください」

 紫ビロードの台座に乗せられた選定の珠を覗き込み、裏側に何か仕掛けがないか確認するクナウティアは促され、神殿の壇上から降りた。目の前にある女神像は白い大理石で彫られ、とても美しいお顔をしている。いつもの癖でしっかり両手を合わせて拝んだ。

 何かあれば、この国の民はすぐに祈る。ケガをしても、病気でも、ちょっと不安になれば祈りを捧げて、家にある小さな女神像を拝むのが習慣だった。考えるより早く女神像を拝んだクナウティアは、教会の彫刻は自宅のより立派ね……とのんきに眺める。とにかく綺麗なお顔の女神様なのだ。眼福である。

「拝謁のためのお衣装を用意いたします。こちらへどうぞ」

「え、でも……今日は帰らないといけません」

 今日は久しぶりに父や兄が帰ってくるのだ。男爵家の末娘であるクナウティアの父は、他国との貿易を生業としていた。男爵家の領地など猫の額ほどの広さしかなく、家庭菜園規模の畑である。見渡す限りの領地はなく、手を伸ばせば届きそうな狭い土地だった。よく言えば管理の行き届いた農地だけれど。

 公爵家などの大貴族から見たら、庭より狭い領地だろう。狭いからこそ手が届くので、端まで草抜きして家庭菜園にしていた。その庭で獲れた野菜のスープを主菜に、今夜は家族そろって過ごす予定だ。野菜の収穫やスープの準備があるので、帰らなくてはならない。

「帰れません。今日から神殿で暮らしていただきます」

「困ります。だって、お家の仕事もありますし……」

 貿易関連の帳簿をつけるのは、私の仕事だ。兄が2人いるが、どちらも父と同じように貿易で他国を旅している。今日は全員集合する、年に数回しかない日だった。私にとって、国王陛下のお誕生日より大切だ。野菜の収穫がクナウティアの帰宅を待っているのに。
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