上 下
123 / 131
第4章 陰陽師の弟子取り騒動

30.***苦悩***

しおりを挟む
 まだ解けぬ闇の中にある友を想う。僕は本当に恵まれていて、彼は常に苦痛と嘆きの中にいた。助けの手を伸ばしたくて、彼を地上に引き留めた罪は自覚している。地獄に落ちても当然だと思うが、落ちたら彼は助けに来そうだと苦笑いした。

 橙色の花の名を持つ山吹は、曇った空を見上げる。御簾みすから出るなと注意する、赤毛の友人の声が聞こえるきがした。黒髪黒瞳が当たり前の国にあって、別の色を纏うのは異形の証――神であり、現人神あらひとがみであり、鬼であり、妖であり、光であり、闇でもあるもの。

 鬼の子と蔑まれながら、類稀たぐいまれなる才能で陰陽寮の頂点に立つ青年の整った顔を思い浮かべた。黒髪黒瞳も似合うだろうが、やはり違和感がある。見慣れた赤茶の髪と青紫の瞳が重なり、くすっと笑いが漏れた。

「まだ暗いのでしょうか?」

「ええ、夜には月が顔を見せてくれるでしょうが」

 鎮守社ちんじゅしゃたる真桜の屋敷にかかった闇はまだ晴れない。近くに人が寄れないほど、強い闇の気配が漂っていた。それは宮中であっても感じ取れるほどだ。陰陽寮には触れを出したため、大きな問題にはならないだろう。

 近くに女房が控えているので、御簾の奥で几帳きちょうに隠れた瑠璃るり姫が言葉を選ぶ。わかっていると頷いて御簾の内側に戻り、山吹も直接的な返答は避けた。

 陰陽師は当然に行う伏せた隠語での会話だが、これは公家であっても同様にたとえで意味を逃す。誰かに聞かれても言い逃れできるように、人前で話せない複雑な会話を誤魔化すために。人は様々な意味のことを駆使して、言霊ことだまを避ける。

「では夜に音を合わせて、月を讃えましょう」

「それはまた雅なことだ。瑠璃の琴の音が届くよう、笛を重ねさせていただく」

 夜の約束を交わした山吹がぱちんと扇で音をさせた。人払いの合図に、女房たちが静々と場を離れる。声が聞こえない距離で控える彼女達は、帝が溺愛する姫と2人になりたいと願ったように見えるはずだ。

「ねえ、瑠璃。僕はもう真桜が傷つくのを見たくないんだ……約束したのにね」

 酷い友人だと思わないか? 苦しむ友人を見たくないのは本心だ。でも彼が地上に残った原因が自分との約束だと理解しながら、真桜が傷つくなら帰ってもいいと考える。身勝手な人間という存在に吐き気がした。

 今回の呪詛もそうだ。人は簡単に他者を羨み、妬み、嫉む。神の子である真桜には理解しがたい感覚だろう。

 帝の血を引く子を己の娘に生ませたい。そのために妻である瑠璃を呪殺しようと画策し、血塗れの手で愛を強請る。いくら外見を磨こうと、内面が醜く穢れた姫君に興味はなかった。

 天津神の血が濃く受け継がれた山吹にとって、穢れは物理的な痛みや恐怖を伴う。彼女達との間に子を成す行為は成立しなかった。

「約束は約束。違えては、さらに嘆かれますわ」

 扇で顔を隠した美女は、長い金髪を几帳の端から覗かせながら忠告する。

 たとえ自らが生きたまま裂かれる苦しみを味わおうと、あの男は山吹との約束を守ろうとするだろう。狡猾に罠を張り巡らせ、敵を排除して、呪詛を退けるくせに――本質は真っ直ぐな不器用者だから。逃げて助かる道が見えていても選ばないと断言できた。

「そうだね。僕が先に根を上げたら、きつく叱られてしまう」

 見上げる先で、雲がわずかに裂けて陽をこぼした。紫雲が降りてきそうな、幻想的な光は鎮守神を祝福するように地上へ降り注ぐ。闇に鎖された屋敷に、光の恩恵を与えるように。

「ああ、天の光まで彼を望むのだね」

 くすくす笑う山吹は、今夜訪れるであろう友人を持て成すために立ち上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

虐げられた無能の姉は、あやかし統領に溺愛されています

木村 真理
キャラ文芸
【書籍化、決定しました!発売中です。ありがとうございます! 】←new 【「第6回キャラ文芸大賞」大賞と読者賞をw受賞いたしました。読んでくださった方、応援してくださった方のおかげです。ありがとうございます】 【本編完結しました!ありがとうございます】 初音は、あやかし使いの名門・西園寺家の長女。西園寺家はあやかしを従える術を操ることで、大統国でも有数の名家として名を馳せている。 けれど初音はあやかしを見ることはできるものの、彼らを従えるための術がなにも使えないため「無能」の娘として虐げられていた。優秀な妹・華代とは同じ名門女学校に通うものの、そこでも家での待遇の差が明白であるため、遠巻きにされている。 けれどある日、あやかしたちの統領である高雄が初音の前にあらわれ、彼女に愛をささやくが……。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

財閥のご令嬢の専属執事なんだが、その家系が異能者軍団な件について

水無月彩椰
キャラ文芸
遥か昔からその名を世に明かす事なく、正体を隠して生きてきた『異能者』。 そして、『異能』。 その中でも最高峰の異能を有する者は『長』と呼ばれ、万能と言われる。 ―表面は財閥として活動している鷹宮家だが、その実態は影の裏―本質は、異能者組織。 神の業…万能とほど呼ばれる異能を扱う鷹宮家と、そんなものは一切持っていない志津二。 これは、万能と無能が織り成す1つの物語。 執事×異能バトルアクション、今、開幕!

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...