143 / 156
143.ようやく自覚した ***SIDE公爵
しおりを挟む
髪を巻いたアマーリアに見惚れる。いつも綺麗な彼女だが、今日は格別だった。素直に手を伸ばすレオンが羨ましい。だが淑女の装いに、勝手に触れるのはマナー違反だろう。グッと堪えた。
レオンに付き合って絵を描き、屋敷の風呂にはない湯の滝を説明する。興味があるようなので、誘ってしまった。あれは失敗だ、アマーリアも恥ずかしがっている。なぜ一緒に入ろうなどと……ああ、そうか。俺はレオンが触れたように、アマーリアに触れたい。
髪も肌も、気高い心まで。すべて俺のものだと主張したいのだ。今さら気づいたとて、もう遅いのに。だが契約は状況の変化によって更新や変更もあり得る。国同士の外交や不戦協定ですら、変更が多々あった。ならば、申し出てみるか。
そわそわしながら、相談役のフランクの不在を恨めしく思う。本邸を離れられない職務なのは理解するが、いまは居てほしかった。ベルントに相談するか? ちらりと視線を送り、一緒に部屋を出た。もちろんアマーリアとレオンに挨拶は忘れない。
アマーリアは礼儀正しい人を好むようだ。義父上も同じだった。それに加えてお人好しなところも、そっくり同じだ。シュミット伯爵家が没落寸前だった理由が、ここにある。伯爵家に収入がないのは、領地が少ないから。男爵家並みの狭い領地しかなかった。
義父上か、その上の代で誰かに掠め取られたのだろう。残った領地に派遣した管理人は驚いていた。伯爵家があれほど困窮した生活をしているのに、民は潤っていると。取るべき税を減らし、民の生活の安定を図るのは優しさではない。
領主に金がなければ、災害の復旧や道路の整備の資金をどこから捻出するのか。その点が考慮されていない。シュミット伯爵家のお人好しは悪い方へ働いていた。本来、人としては美徳であるのだが。
ああ、考えが逸れた。まずは契約書の変更……いや、そのためには使用人達に、契約結婚の事実を話さなくてはならない。考えながら自室へ入り、扉を閉めたベルントと向き直った。
己の過ちを認めたら、すぐに是正すべきだ。政の判断で当たり前に行なってきたのに、私的なことになると口が重い。アマーリアは使用人達の信頼を得ており、人気が高かった。軽蔑されるか、怒られるか。
緊張しながら、乾いた唇を湿らせた。
「実は……だな、その……」
言い淀んで、無駄に咳払いをする。軽蔑の眼差しがなんだ! それだけのことをしたのだから、覚悟を決めろ。自分に言い聞かせ、待っているベルントに視線を合わせた。大切な話をするのに、目を見ずに話すなど失礼だ。そんなことも忘れていた余裕のなさに、口元が歪んだ。
「アマーリアとの結婚は、契約に基づく……偽装夫婦だった、んだ」
怖いが目を逸らさず、最後まで言い切った。ベルントは激昂するでも呆れるでもなく、静かに頷く。
「存じておりました」
「は? え、あ……いつ、から」
「結婚式まで、奥様との交流の話が一切ございません。当日も仕事を優先なさいました。家令も侍女長も、悲しんでおられましたよ」
両親の代わりに話しかけ、使用人の範疇内で愛情を注いでくれた。あの二人を……俺は悲しませたのか。胸にじくじくとした痛みが広がった。
レオンに付き合って絵を描き、屋敷の風呂にはない湯の滝を説明する。興味があるようなので、誘ってしまった。あれは失敗だ、アマーリアも恥ずかしがっている。なぜ一緒に入ろうなどと……ああ、そうか。俺はレオンが触れたように、アマーリアに触れたい。
髪も肌も、気高い心まで。すべて俺のものだと主張したいのだ。今さら気づいたとて、もう遅いのに。だが契約は状況の変化によって更新や変更もあり得る。国同士の外交や不戦協定ですら、変更が多々あった。ならば、申し出てみるか。
そわそわしながら、相談役のフランクの不在を恨めしく思う。本邸を離れられない職務なのは理解するが、いまは居てほしかった。ベルントに相談するか? ちらりと視線を送り、一緒に部屋を出た。もちろんアマーリアとレオンに挨拶は忘れない。
アマーリアは礼儀正しい人を好むようだ。義父上も同じだった。それに加えてお人好しなところも、そっくり同じだ。シュミット伯爵家が没落寸前だった理由が、ここにある。伯爵家に収入がないのは、領地が少ないから。男爵家並みの狭い領地しかなかった。
義父上か、その上の代で誰かに掠め取られたのだろう。残った領地に派遣した管理人は驚いていた。伯爵家があれほど困窮した生活をしているのに、民は潤っていると。取るべき税を減らし、民の生活の安定を図るのは優しさではない。
領主に金がなければ、災害の復旧や道路の整備の資金をどこから捻出するのか。その点が考慮されていない。シュミット伯爵家のお人好しは悪い方へ働いていた。本来、人としては美徳であるのだが。
ああ、考えが逸れた。まずは契約書の変更……いや、そのためには使用人達に、契約結婚の事実を話さなくてはならない。考えながら自室へ入り、扉を閉めたベルントと向き直った。
己の過ちを認めたら、すぐに是正すべきだ。政の判断で当たり前に行なってきたのに、私的なことになると口が重い。アマーリアは使用人達の信頼を得ており、人気が高かった。軽蔑されるか、怒られるか。
緊張しながら、乾いた唇を湿らせた。
「実は……だな、その……」
言い淀んで、無駄に咳払いをする。軽蔑の眼差しがなんだ! それだけのことをしたのだから、覚悟を決めろ。自分に言い聞かせ、待っているベルントに視線を合わせた。大切な話をするのに、目を見ずに話すなど失礼だ。そんなことも忘れていた余裕のなさに、口元が歪んだ。
「アマーリアとの結婚は、契約に基づく……偽装夫婦だった、んだ」
怖いが目を逸らさず、最後まで言い切った。ベルントは激昂するでも呆れるでもなく、静かに頷く。
「存じておりました」
「は? え、あ……いつ、から」
「結婚式まで、奥様との交流の話が一切ございません。当日も仕事を優先なさいました。家令も侍女長も、悲しんでおられましたよ」
両親の代わりに話しかけ、使用人の範疇内で愛情を注いでくれた。あの二人を……俺は悲しませたのか。胸にじくじくとした痛みが広がった。
1,299
お気に入りに追加
3,859
あなたにおすすめの小説
欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]
ラララキヲ
恋愛
「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。
妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。
「わたくしの物が欲しいのね」
「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」
「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」
姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。
でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………
色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。
((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です))
◇テンプレ屑妹モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。
◇なろうにも上げる予定です。
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる