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117.失言が多い口は閉じないと

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 マルレーネ様にとって、ルイーゼ王女殿下は三人目だ。子育てに関してもある程度の知識はあるし、経験も豊かな方だろう。貴族夫人は二人しか産まない人が多いの。一般的に跡取りと、血縁を結ぶご令嬢を欲しがる。

 大勢産むと体の線が崩れるため、嫌がるご婦人は多かった。これが平民の奥さんとなれば、子育て資金の心配がなければ何人でも産む。農家は食いっぱぐれがないから、子沢山なのよね。未来の働き手として子供に期待する親も多かった。

 貴族の子女と平民の子が違う大きな点は、成人する割合かしら。病気に罹った際に生き残れる確率が違う。薬はもちろん、栄養たっぷりの食事と温かな部屋を供給できるかどうか。うちは運が良く、皆が健康だったけれど……それでも熱を出した時は慌てたわ。

 懐かしく思いながら、マルレーネ様に心当たりを尋ねた。一般的に四歳なら、もっと流暢に話す。女児の方が発育がいい傾向が強いので、さらに違和感が募った。

「そうね……特に上の王子達と違う育て方はしていないわ。食べ物も運動も遊びも、好きにさせているの」

 個人差で片付けるには、言葉だけが未発達でアンバランスだった。走り回る姿は問題ないし、レオンを引っ張って移動する様子は元気そのもの。変ね……首を傾げながら過ごした。

 マルレーネ様は意外にも甘いものが得意ではなく、ルイーゼ王女殿下は大好きだった。両手にお菓子を持って、嬉しそうに頬張る。レオンは両手で一つを持ち、リスのように小さく齧って食べた。見事に正反対の性格だわ。だから仲良くなれるのでしょうね。

 微笑ましく感じる私は、手でぱっぱと泥を払って腰掛けた。マーサが気を利かせ、長椅子にストールを敷いてくれたの。寒い時に肩に掛けるよう準備されたけれど、長椅子を汚すことを気にする私を見かねたのね。

 マルレーネ様は汚したドレスを気にする。弁償すると言い出したので、そこは丁寧に辞退した。

「本当にお気になさらず。うちの洗濯係の下女は、有能ですから落とせます。それに汚したのはレオンも一緒ですわ」

「でも……」

「泥は意外と落ちるんですよ」

 ドレスを水で丸洗いしていいか不明だけれど、笑って誤魔化した。弁償されたら、きらっきらの豪華な衣装が届きそうな気がしたの。それはそれで、着る場所に困るわ。

「レオンは迷わず飛び込んだわね。普段からそうなの?」

「はい、普段は汚れてもいいようワンピースで過ごしていますので……」

 笑顔で返した私は、しまったと言葉を止めた。だが溢れてしまった言葉は取り戻せない。公爵夫人が屋敷内とはいえ、簡素な格好でいるのはマズイわよね。外で得意げに話すなんて、気が緩みすぎだわ。

「私もワンピースにしたら楽なのでしょうね」

 羨ましいわとマルレーネ様は呟いた。王族の屋敷は王宮で、さまざまな高官や貴族とすれ違う。プライベートな空間はあるが、一日に何度も着替えるのは効率が悪いだろう。簡素なワンピースで過ごすのは、難しいと同情した。

「ドレスの飾りを少し減らすだけでも、洗うのが楽になりますわ。取り外し可能な……エプロンのような布を巻くとか」

 提案してみたけれど、エプロン姿の王妃殿下を想像したら笑顔が引き攣った。また間違えたわ。
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