76 / 192
76.夜は家族の時間です
しおりを挟む
お父様達には離れへ帰ってもらい、私達と使用人だけの状態にする。レオンは頭をぐらぐらさせながら、眠りの船を漕ぎ始めた。
「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」
きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。
「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」
「そうだな」
「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」
「決めてくれていいぞ」
好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。
「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」
誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。
「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」
「承知いたしました」
「明日の朝、よ」
念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。
明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。
招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。
「服も準備するのに、十日は短いわよ」
「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」
フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。
「一着も?」
「指示があったのは、普段着のみでございます」
やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。
逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。
しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」
きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。
「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」
「そうだな」
「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」
「決めてくれていいぞ」
好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。
「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」
誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。
「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」
「承知いたしました」
「明日の朝、よ」
念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。
明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。
招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。
「服も準備するのに、十日は短いわよ」
「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」
フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。
「一着も?」
「指示があったのは、普段着のみでございます」
やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。
逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。
しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
1,732
お気に入りに追加
4,035
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
殿下、私の身体だけが目当てなんですね!
石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。
それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。
ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる