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51.最後にしたい疲れる晩餐
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用意された食事は、いつもと同じ。コース料理の内容を、すべて目の前に並べてもらった。順番に運ばれてくるのは、旦那様の前のみ。
「なぜ、すべて並べたのだ?」
不思議そうに問う旦那様にどう説明したらいいか。レオンの食が細いと伝えたら、使用人が叱られそうだし。いろいろ考えて、無難な答えを引っ張り出した。
「レオンへの食育ですわ」
「しょくいく?」
聞き覚えのない単語に、旦那様が素直に問い返す。前世の単語だから知らなくて当然だ。私は静かに説明を始めた。
様々な食べ物を通して、野菜を育てる農家や肉と魚を供給する漁師や猟師に感謝すること。運んだり調理したりする者がいるから、こうして食べられるのだと理解すること。好き嫌いをすることは、食べられる食材に失礼になること。
「こういった教育をするため、自分がどれだけ恵まれているか理解させています」
「……そうか」
驚いた様子の旦那様は、控える執事ベルントを呼び寄せて命じた。
「俺の料理もすべて運ばせろ」
「旦那様」
静かに、けれど強い声で呼ぶ。なんだと問う眼差しに、どうやらこの方は言葉が足りないタイプなのねと認識した。
「突然予定を変えれば、使用人が慌てます。ちょうどいいタイミングで提供しようと準備した料理ですから、旦那様はそのまま味わってください」
「わかった」
この人、大きな子供なのね。まさかの返答に状況を理解し、困ったわと心でぼやく。これでは強く叱るたびに、私が罪悪感を抱いちゃうじゃないの。聞き分けのない大人なら、きつく言い聞かせられるのに。
少し肩を落とした姿に、仕方ないと妥協案を提示した。
「旦那様、明日のお食事から同じように出してもらいましょうか?」
「そうしてくれ」
というわけです。笑顔で伝言する私に、ベルントは恭しく頭を下げた。伝わったみたいね。旦那様も機嫌を直して、マナー教師のような綺麗な所作で料理を平らげていく。
「おかぁ、しゃ! あー」
小さな手が、スプーンを持つ右腕を叩く。口を開けて、ご飯を強請る姿は本当に可愛いわ。野菜と肉をとろとろに煮込んだスープから、崩した野菜を載せてスプーンを差し出した。次はお肉を掬って食べさせる。
レオンの口に合わせて小さなデザートスプーンを使用しているので、気を利かせた料理長がお皿の具を小さくしてくれているの。とっても助かっている。ぱくりと口に入れて咀嚼する間に、隣にあるスプーンで私も一口……あら、美味しい。
「美味しいわね、レオン」
「……ほぃち!」
口の中に食べ物が入った状態で返答させてしまい、旦那様の様子を窺う。叱られるかしら。不安に駆られての行為だが、旦那様は驚いた顔で固まっていた。目を見開いて、やや唇も開いたまま……。
「あーん」
口が空になったと訴えるレオンに、私はまた小さなスプーンで卵料理を運ぶ。旦那様の間抜けな顔は見なかった、見なかったのよ。自己暗示をかけて、なかったことにする。
食べ終わる頃、いつもの三倍くらい疲れて退室した。食堂を出て自室へ向かう背中に、突き刺さるような視線を感じたけれど……気のせいよね。
「なぜ、すべて並べたのだ?」
不思議そうに問う旦那様にどう説明したらいいか。レオンの食が細いと伝えたら、使用人が叱られそうだし。いろいろ考えて、無難な答えを引っ張り出した。
「レオンへの食育ですわ」
「しょくいく?」
聞き覚えのない単語に、旦那様が素直に問い返す。前世の単語だから知らなくて当然だ。私は静かに説明を始めた。
様々な食べ物を通して、野菜を育てる農家や肉と魚を供給する漁師や猟師に感謝すること。運んだり調理したりする者がいるから、こうして食べられるのだと理解すること。好き嫌いをすることは、食べられる食材に失礼になること。
「こういった教育をするため、自分がどれだけ恵まれているか理解させています」
「……そうか」
驚いた様子の旦那様は、控える執事ベルントを呼び寄せて命じた。
「俺の料理もすべて運ばせろ」
「旦那様」
静かに、けれど強い声で呼ぶ。なんだと問う眼差しに、どうやらこの方は言葉が足りないタイプなのねと認識した。
「突然予定を変えれば、使用人が慌てます。ちょうどいいタイミングで提供しようと準備した料理ですから、旦那様はそのまま味わってください」
「わかった」
この人、大きな子供なのね。まさかの返答に状況を理解し、困ったわと心でぼやく。これでは強く叱るたびに、私が罪悪感を抱いちゃうじゃないの。聞き分けのない大人なら、きつく言い聞かせられるのに。
少し肩を落とした姿に、仕方ないと妥協案を提示した。
「旦那様、明日のお食事から同じように出してもらいましょうか?」
「そうしてくれ」
というわけです。笑顔で伝言する私に、ベルントは恭しく頭を下げた。伝わったみたいね。旦那様も機嫌を直して、マナー教師のような綺麗な所作で料理を平らげていく。
「おかぁ、しゃ! あー」
小さな手が、スプーンを持つ右腕を叩く。口を開けて、ご飯を強請る姿は本当に可愛いわ。野菜と肉をとろとろに煮込んだスープから、崩した野菜を載せてスプーンを差し出した。次はお肉を掬って食べさせる。
レオンの口に合わせて小さなデザートスプーンを使用しているので、気を利かせた料理長がお皿の具を小さくしてくれているの。とっても助かっている。ぱくりと口に入れて咀嚼する間に、隣にあるスプーンで私も一口……あら、美味しい。
「美味しいわね、レオン」
「……ほぃち!」
口の中に食べ物が入った状態で返答させてしまい、旦那様の様子を窺う。叱られるかしら。不安に駆られての行為だが、旦那様は驚いた顔で固まっていた。目を見開いて、やや唇も開いたまま……。
「あーん」
口が空になったと訴えるレオンに、私はまた小さなスプーンで卵料理を運ぶ。旦那様の間抜けな顔は見なかった、見なかったのよ。自己暗示をかけて、なかったことにする。
食べ終わる頃、いつもの三倍くらい疲れて退室した。食堂を出て自室へ向かう背中に、突き刺さるような視線を感じたけれど……気のせいよね。
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