38 / 156
38.天使に嘘はつけないわ
しおりを挟む
「どういうつもりだ! なぜ父上が隔離されている!?」
なるほど、すでに屋敷に立ち寄った後ですね。黙って正面から向き合う。レオンの耳を覆う形で庇った。とばっちりがレオンに向かったら、旦那様でも蹴飛ばしますからね!
「前公爵閣下を名乗る、無礼な殿方でしたら存じ上げております」
あくまでも、前公爵を名乗る人物だ。家令のフランクが顔を知っていても、私は一度も名乗られていない。名乗らない以上、自称義父だった。一般的に嫁が家に入れば、旦那様が私と家族を顔合わせするものです。
「あれは父だ!」
「落ち着いて話せませんか? 幼子もいる場で、立派な紳士が怒鳴るなんて、品のない行いですわ」
没落寸前の元伯爵令嬢から、公爵閣下への最大の嫌味です。通じなかったら、相応の扱いをいたしましょう。
「っ! 場所を変える」
「そういたしましょう。屋敷に帰るところですの」
旦那様をその場に残し、私はくるりと踵を返した。背中を向けられれば、紳士たる公爵閣下が私に口撃はできないはず。少し離れて様子を見ていたお父様と弟妹が、ぺこりと会釈をして追いかける。横目で見ながら、ベルントを促した。
「ベルント、馬車の用意を」
「はい、奥様」
執事としての役割は、現時点で屋敷の奥様を連れ帰ること。護衛騎士の方が反応が早かった。彼らは屋敷を出る前に命じられた通り、護衛対象を守る。馬車までしっかり警護し、私達が乗り込んだのを確認して馬に跨った。
出先で主家の者が増えても、護衛対象を勝手に変更することはない。上司の命令がないんだもの。ベルントは少し甘いわね。
没落寸前で使用人もいなかった貧乏伯爵家の令嬢が、ここまで知っているはずはない。何も知らず、泣きながら謝るとでも思ったのかしら。
私は前世での記憶がある。社会人として働いた経験や、映画や小説で得た知識もあった。貴族階級の決まりごとや作法が思い出せるから、そういう話が好きだったのかも。とても役立っているわ。
そもそも人前で自分より下位の者に怒鳴るなんて、上司として最低の行いだった。仕事場でも同じ行為をしているなら、パワハラよ。馬車の中で、レオンは私に手を伸ばした。
「おか、しゃま……いいこ」
伸び上がって、小さな手で私の耳の辺りを撫でる。もっとと背伸びする様子から、頭の上を撫でたいのだと察した。前屈みになると、届いたと嬉しそうに笑う。
丁寧に何度も撫でたレオンにありがとうを伝えた。
「ありがとう、嬉しいわ」
「うん。こわい、ひと……だれ?」
やだ、困ったわ。怖い人認定しているのに、父親だと伝えるべき? それとも誤魔化す……いえ、信頼関係が壊れてしまう。たとえ幼子でも嘘や誤魔化しは良くない。子供に聞かせられない話ではないのだから。
「あの人は、レオンのお父様よ」
「……おとう、しゃま」
むっとした顔で考え、レオンなりの答えを出した。
「やだ……ないない」
要らないと一刀両断するレオンに、何とも言えない気持ちになった。父親とは頼りになる人で、あなたを愛してくれる存在なの。そう伝えるべきなのに、声が喉に詰まった。
さすがに天使へ嘘を教える気になれないわ。
なるほど、すでに屋敷に立ち寄った後ですね。黙って正面から向き合う。レオンの耳を覆う形で庇った。とばっちりがレオンに向かったら、旦那様でも蹴飛ばしますからね!
「前公爵閣下を名乗る、無礼な殿方でしたら存じ上げております」
あくまでも、前公爵を名乗る人物だ。家令のフランクが顔を知っていても、私は一度も名乗られていない。名乗らない以上、自称義父だった。一般的に嫁が家に入れば、旦那様が私と家族を顔合わせするものです。
「あれは父だ!」
「落ち着いて話せませんか? 幼子もいる場で、立派な紳士が怒鳴るなんて、品のない行いですわ」
没落寸前の元伯爵令嬢から、公爵閣下への最大の嫌味です。通じなかったら、相応の扱いをいたしましょう。
「っ! 場所を変える」
「そういたしましょう。屋敷に帰るところですの」
旦那様をその場に残し、私はくるりと踵を返した。背中を向けられれば、紳士たる公爵閣下が私に口撃はできないはず。少し離れて様子を見ていたお父様と弟妹が、ぺこりと会釈をして追いかける。横目で見ながら、ベルントを促した。
「ベルント、馬車の用意を」
「はい、奥様」
執事としての役割は、現時点で屋敷の奥様を連れ帰ること。護衛騎士の方が反応が早かった。彼らは屋敷を出る前に命じられた通り、護衛対象を守る。馬車までしっかり警護し、私達が乗り込んだのを確認して馬に跨った。
出先で主家の者が増えても、護衛対象を勝手に変更することはない。上司の命令がないんだもの。ベルントは少し甘いわね。
没落寸前で使用人もいなかった貧乏伯爵家の令嬢が、ここまで知っているはずはない。何も知らず、泣きながら謝るとでも思ったのかしら。
私は前世での記憶がある。社会人として働いた経験や、映画や小説で得た知識もあった。貴族階級の決まりごとや作法が思い出せるから、そういう話が好きだったのかも。とても役立っているわ。
そもそも人前で自分より下位の者に怒鳴るなんて、上司として最低の行いだった。仕事場でも同じ行為をしているなら、パワハラよ。馬車の中で、レオンは私に手を伸ばした。
「おか、しゃま……いいこ」
伸び上がって、小さな手で私の耳の辺りを撫でる。もっとと背伸びする様子から、頭の上を撫でたいのだと察した。前屈みになると、届いたと嬉しそうに笑う。
丁寧に何度も撫でたレオンにありがとうを伝えた。
「ありがとう、嬉しいわ」
「うん。こわい、ひと……だれ?」
やだ、困ったわ。怖い人認定しているのに、父親だと伝えるべき? それとも誤魔化す……いえ、信頼関係が壊れてしまう。たとえ幼子でも嘘や誤魔化しは良くない。子供に聞かせられない話ではないのだから。
「あの人は、レオンのお父様よ」
「……おとう、しゃま」
むっとした顔で考え、レオンなりの答えを出した。
「やだ……ないない」
要らないと一刀両断するレオンに、何とも言えない気持ちになった。父親とは頼りになる人で、あなたを愛してくれる存在なの。そう伝えるべきなのに、声が喉に詰まった。
さすがに天使へ嘘を教える気になれないわ。
1,982
お気に入りに追加
3,859
あなたにおすすめの小説
欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]
ラララキヲ
恋愛
「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。
妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。
「わたくしの物が欲しいのね」
「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」
「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」
姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。
でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………
色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。
((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です))
◇テンプレ屑妹モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。
◇なろうにも上げる予定です。
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる