27 / 192
27.大声で泣けて安心したわ
しおりを挟む
旦那様の休暇は三日で終わり、お屋敷を離れる日が来た。きっとまた数ヶ月は顔を合わせなくて済むだろう。そう思うと頬が緩んでしまった。
この顔でお見送りは失礼かも。そもそもお迎えもしなかったんだし、いいわよね。私は玄関ホールが見渡せる廊下の隅で軽く一礼した。気づかなかったようで、旦那様はそのまま出ていく。使用人の間に紛れ込ませてもらえてよかったわ。
「奥様、本当によろしいのですか?」
心配そうにリリーが尋ねる。専属侍女となった彼女は、男爵家の三女だった。マーヤも男爵家出身で、次女らしい。無駄口を叩かず、さっと散開する使用人を見ながら、私は足早にレオンの部屋へ向かった。
「おか、ちゃ……うわぁああ」
かなり急いで扉を開いたんだけど、わずかに遅かった。母親がいないと気づいて大泣きするレオンが、ベッドの上にちょこんと座っている。マーヤを残したけれど、ダメだったみたい。
「レオン、お母様ですよ。抱っこしましょうね」
大急ぎでベッドに座れば、這いずったレオンがしがみ付く。大きく口を開けて、大声で泣く姿は私の罪悪感をかき立てた。小さな手がぎゅっとスカートを握るのを、優しく解いて膝の上に乗せた。
向かい合わせで両手を脇に回し、顔を押し付けて泣き続ける。泣かせてしまって、こんな感想どうかと思うけれど……いい傾向ね。自分の感情をきちんと示せるようになってきた。
愛されている自信がついて、我が侭になったの。もっともっとと愛情を欲しがる。ここで与えて満たされれば、レオンは劇的に変わると思う。ぽんぽんと背中を叩きながら、少しだけ体を揺らした。
眠気を誘われたレオンを強く抱きしめ、大好きよと何度も伝える。出会った頃のレオンだったら、声もなく涙を流したかしら。子供でいられる時間は短くて、目一杯騒いで愛されて幸せを溜め込むには足りないくらい。
「おかぁ、しゃま」
「ええ、ここにいるわ。レオン」
朝食が遅くなりそうなので、先に食べるよう家族に伝えてもらう。顔を洗う水やタオル、着替えを用意した侍女二人は壁際に控えた。悪いわね、もう少し待ってちょうだい。目配せで合図し、レオンの黒髪にキスをした。
「ここ、なぁに?」
「キスよ。大好きって示したの。頬にしたことがあるでしょう?」
ちゅっと音をさせて、頬に唇を触れさせる。嬉しそうに笑ったレオンは、目が覚めたのね。背伸びして私の頬に唇を押し当てた。歯がぶつかりそうなほど、勢いがあった。
「ありがとう、レオン。そろそろお腹が空く頃かな?」
ぺたんと平らになったお腹を撫でる。背伸びした幼子は、口より早くお腹で返事をした。ぐぅ……いい音がして、レオンがお腹を手で押さえる。
「待ちきれないって言ってるわ。顔を洗ってお着替えしましょうね」
「うん!」
すっかり機嫌の直ったレオンは、小さな手で水を顔につける。ぺちゃりと音がする程度で終わりだ。濡らしたタオルを受け取り、私がしっかりと拭いた。最初は真似事でいいの。徐々に上手になるはずよ。
「でぃた!」
「ええ、立派に顔が洗えたわね」
素早く着替えたレオンを抱き上げ、私は食堂へ向かった。
この顔でお見送りは失礼かも。そもそもお迎えもしなかったんだし、いいわよね。私は玄関ホールが見渡せる廊下の隅で軽く一礼した。気づかなかったようで、旦那様はそのまま出ていく。使用人の間に紛れ込ませてもらえてよかったわ。
「奥様、本当によろしいのですか?」
心配そうにリリーが尋ねる。専属侍女となった彼女は、男爵家の三女だった。マーヤも男爵家出身で、次女らしい。無駄口を叩かず、さっと散開する使用人を見ながら、私は足早にレオンの部屋へ向かった。
「おか、ちゃ……うわぁああ」
かなり急いで扉を開いたんだけど、わずかに遅かった。母親がいないと気づいて大泣きするレオンが、ベッドの上にちょこんと座っている。マーヤを残したけれど、ダメだったみたい。
「レオン、お母様ですよ。抱っこしましょうね」
大急ぎでベッドに座れば、這いずったレオンがしがみ付く。大きく口を開けて、大声で泣く姿は私の罪悪感をかき立てた。小さな手がぎゅっとスカートを握るのを、優しく解いて膝の上に乗せた。
向かい合わせで両手を脇に回し、顔を押し付けて泣き続ける。泣かせてしまって、こんな感想どうかと思うけれど……いい傾向ね。自分の感情をきちんと示せるようになってきた。
愛されている自信がついて、我が侭になったの。もっともっとと愛情を欲しがる。ここで与えて満たされれば、レオンは劇的に変わると思う。ぽんぽんと背中を叩きながら、少しだけ体を揺らした。
眠気を誘われたレオンを強く抱きしめ、大好きよと何度も伝える。出会った頃のレオンだったら、声もなく涙を流したかしら。子供でいられる時間は短くて、目一杯騒いで愛されて幸せを溜め込むには足りないくらい。
「おかぁ、しゃま」
「ええ、ここにいるわ。レオン」
朝食が遅くなりそうなので、先に食べるよう家族に伝えてもらう。顔を洗う水やタオル、着替えを用意した侍女二人は壁際に控えた。悪いわね、もう少し待ってちょうだい。目配せで合図し、レオンの黒髪にキスをした。
「ここ、なぁに?」
「キスよ。大好きって示したの。頬にしたことがあるでしょう?」
ちゅっと音をさせて、頬に唇を触れさせる。嬉しそうに笑ったレオンは、目が覚めたのね。背伸びして私の頬に唇を押し当てた。歯がぶつかりそうなほど、勢いがあった。
「ありがとう、レオン。そろそろお腹が空く頃かな?」
ぺたんと平らになったお腹を撫でる。背伸びした幼子は、口より早くお腹で返事をした。ぐぅ……いい音がして、レオンがお腹を手で押さえる。
「待ちきれないって言ってるわ。顔を洗ってお着替えしましょうね」
「うん!」
すっかり機嫌の直ったレオンは、小さな手で水を顔につける。ぺちゃりと音がする程度で終わりだ。濡らしたタオルを受け取り、私がしっかりと拭いた。最初は真似事でいいの。徐々に上手になるはずよ。
「でぃた!」
「ええ、立派に顔が洗えたわね」
素早く着替えたレオンを抱き上げ、私は食堂へ向かった。
2,402
お気に入りに追加
4,034
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる