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19.誰かと話すのが苦手なのね

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 レオンの部屋と、私に与えられた部屋は離れていた。継母だから虐めるんじゃないか、と心配してのことではなさそう。どちらかと言えば、私が子供を好きではない可能性を考慮して、フランクが忖度した感じね。

 新しい私室になる予定の部屋は改装中で、立ち入りができない。そのため、一時的な休憩先として空き部屋を使用していた。空き部屋といっても、さすが公爵家よね。家具も立派だし、ベッドやお風呂もある。客間と説明されても納得してしまうわ。

 レオンを抱いたまま、ソファに腰を下ろす。用意されたお茶とお菓子に、レオンが目を輝かせた。

「どれが好き?」

「っ、あきゃい、の」

 うーん、やっぱり言葉が吃ったり辿々しくなったりするわ。直前に息を呑む仕草も気になる。寝ぼけていた時の方がスムーズだったから、もしかしたら?

「レオン、人とお話するのが怖い?」

 ぎゅっと唇を引き結んで、目を逸らす。根気よく待つ私に、おずおずと視線を向けた。唇が尖って突き出され、なんとも可愛らしい。摘んだ赤い苺のジャムが載った焼き菓子を差し出し、唇をつついた。

「レオン、あーん」

「あー」

 もぐもぐと食べる唇は引っ込んで、小さな菓子の屑をぺろりと舐めた。行儀は良くないけれど、子供らしくて好きよ。ふふっと笑って頬をくっつけた。こうすると顔を見ないで話ができるのよね。

「レオンはお話が苦手なのかしら。お母様相手でも怖い?」

「……ごめ、なさい」

 ぎゅっと首に抱きつく。ぽんぽんと背中を叩くが、泣いている感じではない。

「怒っていないのよ。ただ心配なの。レオンは人の顔を見てお話しするのが、得意ではないみたい。誰かに何か言われたなら、お母様が叱ってあげるわ」

「っ、おじぃさま……ぼく、きらい」

 お祖父様に叱られたことがあるの? そういえば、ご両親にお会いしていない。婚約を決めた時はもちろん、結婚式にもいなかった。現公爵である息子の結婚式に、両親がいないなんて。不幸があったとも聞いていないし。

 この辺はフランクに尋ねるとしましょう。まずはレオン優先よ。

「お祖父様を嫌いなのね。怖いことを言ったり、痛いことをしたりしたの?」

 首筋に顔を押し付けて、レオンはそれ以上語らなかった。この話は一度終わりにしましょう。心に傷を負っているなら、無理に話させると可哀想だわ。思い出してしまうもの。

「次のお菓子は何がいいかしらね」

「……あれ」

 黄色い柑橘ジャムの載ったお菓子を指さす。摘んで近づければ、自分で「あーん」と声に出して口を開けた。首の横で食べているから、ドレスの胸元に粉が落ちてくる。擽ったいけれど我慢だわ。

「さっきの人達、今日からお屋敷の離れに住むのよ。一緒に遊んだり、お勉強をしたり、仲良くしてほしいわ」

「あそんだり、おべんきょ?」

 何度も同じ言葉を繰り返して、覚えさせる。言葉自体も知らないけれど、その単語が示す概念も教えないとダメね。普段使ってこなかった言葉は、興味の対象外になっている。

 旦那様のせいだわ。きちんと年齢に応じた乳母や側近候補を用意しないから、言葉を知らなさすぎるの。まずはレオンの情緒や知能を年齢相応まで引き上げる。笑顔でお菓子を食べるレオンの頬に、笑顔の私は親愛のキスを贈った。
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