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73.まだ襲う気はないけどね

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 トリシャの専属侍女――その肩書きはトリシャとソフィが思っているより重い。皇妃は公式の妻であり、皇帝に寝所で強請ることが可能な立場だった。側妃や愛妾を持つ皇帝が多かったけど、僕は当然トリシャ1人だ。この辺は彼らも徐々に理解するだろう。どんなに外見が整っていようと、内面が素晴らしかろうと、僕の目はトリシャに釘付けだ。

 大切に鳥籠で守られたトリシャに近づける専属侍女、ソフィを操ることが出来れば、宮廷での地位を高めるのに役立つ。裏切る心配はないが、何らかの薬を盛られて依存症になれば、危険はあった。またトリシャのためだと言い含められ、洗脳されたら厄介だ。

 危険だから、すぐ切り捨てられる者を置くか。信頼できる優秀な者を手配するか。考えるまでもなく後者だった。僕のトリシャに無能が近づくなんて吐き気がするし、そんな者が大切な彼女に触れるなんてぞっとするよ。

「ソフィが自分を守れれば、トリシャも安心だろう?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 愛らしい声が礼を口にする。深い部分の話はいらない。トリシャは自分で察するし、僕は語りたくなかった。汚い連中の話で、彼女の耳を汚すことはないからね。

「トリシャ、取り寄せたんだけど……口に合うかな」

 食が細いトリシャの好みは、あっさりした味付けの魚だ。海沿いの国に手配して、早馬を繋いで持ち込ませた。大事な伝令だと思って走った騎士も、まさか箱の中が氷詰めの魚だとは思わなかったんじゃないかな。くすくす笑いながら、新鮮さを保つ白身魚を差し出した。

「美味しそうですね」

「トリシャの好きな桃に葡萄の酸味を加えて、ソースを作らせた。野菜と一緒に食べてごらん」

 新鮮なハーブが入ったサラダは、庭で栽培させた物を混ぜた。説明しながらナイフでソースを絡めた魚で野菜を包み、フォークで刺す。ぽたぽたと垂れないよう気をつけながら「あーん」と口を開けるよう促した。

「あ、ーん」

 照れながら口を開ける、トリシャの舌の上に魚を置いた。ぱくりと閉じた唇にソースが少し付いて、引き抜いたフォークを皿の上に置く。さりげなく手元でカトラリーを変えて、トリシャと僕のフォークを交換した。このくらいの特権、許されるよね。

「美味しい?」

 まだ口の中に残っている魚を噛むトリシャが頷く。その唇に残るソースを、指先で拭おうとしたら……偶然舐め取ろうとしたトリシャの舌が触れた。自分の唇と一緒に、僕の指も舐めてしまったトリシャの肌が真っ赤になる。

 口に入っているものを急いで飲み込もうとするから、先回りして僕が謝った。

「ごめんね、ソースを拭おうとしたんだけど……邪魔しちゃった」

 僕が悪いと先に言ってしまえば、トリシャは魚を噛みながら首を横に振る。その白い肌が赤く染まる首筋、舐めてみたいな。誘われそうな危険な昼食は、その後も僕に一方的な我慢を強いて終わった。
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