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59.赤ワインは毒の香り

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 ワインの試飲を指示した数日後、ルーデルス伯爵がワインを持参すると連絡が入った。地方から大量のワインを運ぶ前に、先に味見をさせろと申し出た形だ。ここで気に入れば、ワインを舞踏会で披露できる。地方貴族にとって、最上の晴れ舞台だった。

 伯爵家の家族構成を記した報告書を片手に、僕は謁見の大広間で玉座に腰掛ける。逃げたアースルンドの元国王が捕まった報告を受けて、処罰を言い渡した。そこへ届いた登城の連絡に、大広間へ呼ぶよう申しつける。

「陛下」

「ニルス……まだ休んでいろ。起きてくるな」

「この場だけ、ご一緒させてください」

 青い顔をしたニルスに頷いて目配せをすれば、侍従が椅子を運んできた。玉座の陰になる目立たない位置に置かせ、座るよう命じる。この男は頼んだくらいでは動かない。睨みつけて2度命じたところで、ようやく従った。

 この僕に2度も同じ命令をさせるのは、ニルスくらいだろう。トリシャなら命令じゃなくて、懇願かな。

 ルーデルス伯爵の到着を伝える声が響き、ひょろりと細い男が貼り付けた仮面のような笑顔で頭を下げた。その顔を見た途端、どうしてニルスが頑なに同席を希望したのか理解する。

 この男は、かつて毒による暗殺を得意とした皇族を支援していた。僕に盛られた毒も、いくつかはこの男が用意した物だろう。毒を盛るよう命じた皇族は、とっくに処分した。この男を放置したのは、単に調達を任されただけの小者だからだ。こうして顔を出すなら、僕達が気づいたことも知らないのだろう。

「皇帝陛下にはご機嫌麗しく。この度は我が領地のワインをお試しいただけると伺い、急ぎ持参致しました。お口に合うと幸いにございます」

 卑屈な作り笑いを浮かべ、ワインの瓶が入った木箱を押しやる。この広間に運び込む物は、武器が隠されていないかチェックが終わっていた。厳しい警備を掻い潜り、混入できるとしたら毒だけ。ワイン自体に仕掛けがされた場合、ここまでは入り込めた。

 娘らしき着飾った若い女と、ワインを運ぶ2人の青年は、どちらもこの伯爵の子女か。家族構成には髪色に至るまで詳細に書かれていたため、すぐに状況が飲み込めた。

「毒見役を」

 ニルスの小さな声に、侍従が立ち上がりワインを選んだ。今回は9本のうち、真ん中の瓶を引き抜いて運ぶ。それを手に取りじっくりと光に透かして確認した。オリも少なくまだ若いワインに見える。

 瓶を返すと、侍従が栓を抜いた。立ち上がろうとするニルスを手で制し、運ばせたグラスに注がれたワインを確認する。一度戻されたグラスを恭しく掲げた侍従の手で、毒見に使う罪人の口に流し込まれた。

 貴族出身者だと、こういう処罰方法もある。この毒見役も、もう20回ほど使ったか。運は悪くなかったようで長生きしていた。確か罪状は……横領だったかな。ぼんやりと毒見を見守るが、特に変化は見られなかった。

「皇帝陛下、ぜひ我が娘にワインを注ぐ栄誉をお与えください……エディット、失礼のないようにな」

 後半を娘に向けて小声で発し、令嬢の背を押す。緊張した面持ちで近づく令嬢の髪色は……銀だった。僕が銀色の美しい小鳥を手に入れた話を、どこかで聞き齧ったらしい。

 ニルスやアレスの監視の目がある中、彼女はカーテシーを披露してから近づいてワイン瓶に手を触れた。
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