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58.害虫駆除は念入りに
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3日後、運ばれた報告書に目を通した。隣国アースムンドの話だ。ひとつの戦が終わった話かと思えば、なんと無血開城だったと記されている。詳細を確認するためにマルスを呼んだ。
「これ、どうして無血開城なの?」
「元王女である娘アマンダが失敗したと聞き、王族がすべて逃げました」
「逃げた? 国と民を捨てて?」
肯定するマルスの説明は、さすがの僕も読めなかった展開だ。国の頂点に立つ者が、真っ先に逃げただって? 民を守って死ぬべきだろう。
己の命を差し出して、民の助命と国の存続を申し出るのが王族だ。国を導き、危うい時は命を懸ける――だから豪華な暮らしが許される。それが……逃げた? 抵抗ひとつせず、謝罪の義務も放り出して、民がどんな目に遭うかも考えず、保身を図ったというなら。
「処分して」
国は頭をすげ替えてそのまま運営、王族が愚かな振る舞いをしたからと民を虐げる必要はない。民は働いて納税し、国の運営を助けるのが仕事だからね。それ以上を求めてはいけない。だけど……逃げた王族は処分しなくちゃ。
「追っ手をかけております」
「ご苦労。それにしても逃げるのは想定外だったね」
苦笑いして肘をつく。マルスも姿勢を崩して肩をすくめた。乳兄弟として育った彼ら双子は、職務中でなければ僕と対等の口を利く。それを許したのは僕自身だった。
「娘はどうする?」
「そっちも処分していいよ。ああ、トリシャの手前、裁判だけしておいて」
「わかった。随分大切にしてるんだな」
揶揄う口調に変わった兄のような騎士に、僕は笑みを浮かべて首を傾げた。
「何かおかしい?」
「いや、いい傾向だ。お前が暴走したときのストッパーが、ニルスだけじゃ心許ないからな」
「安心してよ。僕はトリシャのために良い皇帝を目指す。善政を敷いて民に豊かな生活を与えるさ。それでトリシャの評判が上がるなら、安いと思う」
悪虐皇帝と呼ばれ、粛清で血塗られた僕が……最愛の天使を手に入れて、善政を敷けばそれはトリシャの評価になる。大賢者の時と似ているけど、僕はもっと上手に民衆の心を掴んで見せるよ。
くすくす笑うマルスが次の報告書を差し出した。別の貴族の動きだ。舞踏会に自慢のワインを献上したいと名乗り出た、地方の伯爵家だったか。家族構成に目を通して、事情を察知した。
「先に手を打ちますか? 皇帝陛下」
いつもの口調に戻ったマルスへ、僕は報告書を引き出しにしまいながら頷いた。
「もちろんだ。僕は同じ失敗を二度繰り返すほど、愚かじゃないからね」
僕の身勝手な感情や希望で、トリシャを傷つけることがあってはいけない。美しい天使の羽に似た虹の銀髪も、血色とは違う優しさを湛えた瞳も……手を出そうとする害獣がいるなら駆除すべきだった。もう嫉妬して欲しいなんて、愚かな考えはない。
だって、トリシャが僕以外を見られないように。僕以外の声を聞かず、僕以外に話しかけないようにすればいいんだから。
「これ、どうして無血開城なの?」
「元王女である娘アマンダが失敗したと聞き、王族がすべて逃げました」
「逃げた? 国と民を捨てて?」
肯定するマルスの説明は、さすがの僕も読めなかった展開だ。国の頂点に立つ者が、真っ先に逃げただって? 民を守って死ぬべきだろう。
己の命を差し出して、民の助命と国の存続を申し出るのが王族だ。国を導き、危うい時は命を懸ける――だから豪華な暮らしが許される。それが……逃げた? 抵抗ひとつせず、謝罪の義務も放り出して、民がどんな目に遭うかも考えず、保身を図ったというなら。
「処分して」
国は頭をすげ替えてそのまま運営、王族が愚かな振る舞いをしたからと民を虐げる必要はない。民は働いて納税し、国の運営を助けるのが仕事だからね。それ以上を求めてはいけない。だけど……逃げた王族は処分しなくちゃ。
「追っ手をかけております」
「ご苦労。それにしても逃げるのは想定外だったね」
苦笑いして肘をつく。マルスも姿勢を崩して肩をすくめた。乳兄弟として育った彼ら双子は、職務中でなければ僕と対等の口を利く。それを許したのは僕自身だった。
「娘はどうする?」
「そっちも処分していいよ。ああ、トリシャの手前、裁判だけしておいて」
「わかった。随分大切にしてるんだな」
揶揄う口調に変わった兄のような騎士に、僕は笑みを浮かべて首を傾げた。
「何かおかしい?」
「いや、いい傾向だ。お前が暴走したときのストッパーが、ニルスだけじゃ心許ないからな」
「安心してよ。僕はトリシャのために良い皇帝を目指す。善政を敷いて民に豊かな生活を与えるさ。それでトリシャの評判が上がるなら、安いと思う」
悪虐皇帝と呼ばれ、粛清で血塗られた僕が……最愛の天使を手に入れて、善政を敷けばそれはトリシャの評価になる。大賢者の時と似ているけど、僕はもっと上手に民衆の心を掴んで見せるよ。
くすくす笑うマルスが次の報告書を差し出した。別の貴族の動きだ。舞踏会に自慢のワインを献上したいと名乗り出た、地方の伯爵家だったか。家族構成に目を通して、事情を察知した。
「先に手を打ちますか? 皇帝陛下」
いつもの口調に戻ったマルスへ、僕は報告書を引き出しにしまいながら頷いた。
「もちろんだ。僕は同じ失敗を二度繰り返すほど、愚かじゃないからね」
僕の身勝手な感情や希望で、トリシャを傷つけることがあってはいけない。美しい天使の羽に似た虹の銀髪も、血色とは違う優しさを湛えた瞳も……手を出そうとする害獣がいるなら駆除すべきだった。もう嫉妬して欲しいなんて、愚かな考えはない。
だって、トリシャが僕以外を見られないように。僕以外の声を聞かず、僕以外に話しかけないようにすればいいんだから。
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