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28.断罪されるまでの夢(SIDEベアトリス)
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*****SIDE ベアトリス
準備を終えて確認し、ソフィが頷く。
「お美しいですわ。さすがベアトリスお嬢様、完璧に着こなしておられます」
「ありがとう」
こういう場で、貴族令嬢は謙遜してはいけない。褒められるのを受け止める鷹揚さが必要なの。養女になってからずっと教育された内容が過ぎった。微笑んでお礼を口にして、ソフィの案内で開いた扉をくぐる。護衛の女性騎士が、さっと斜め後ろに立った。
公爵令嬢として育てられたから、こういう時は振り返らないものと教えられてきた。迷ったけれど、半歩だけ足を引いて軽く振り返る。初めてですから、挨拶は最低限の礼儀でしょう。
「エリクの双子の騎士様に似ておられますね。よろしくお願いします」
目を見開いた女性騎士は、あの双子によく似ていました。顔立ちはもちろん、誠実そうな雰囲気もそっくり。居心地がいいわ。この方はきっと優秀なのでしょうね。エリクが選んでくれた騎士なら、私も心から信頼できそう。
微笑んで会釈し、姿勢を正して廊下を歩く。公爵家がすっぽり入りそうな大きな宮殿は、これでも離宮なのだという。一国の王宮でもおかしくない、豪華で美しい装飾と家具は私の目を楽しませてくれます。
絨毯は雅な柄が織り込まれ、ふわりと足を包んでいました。素足で歩いたら気持ち良さそう。靴で踏むのが勿体ない気がします。階段に着くと、女性騎士が一歩前に出ました。足を踏み外したり落ちた時に支えるためです。それでは騎士の方が危ないと思うのですが、お断りすると実力不足を指摘することになると聞きました。
そっと指先を預けて降り始めます。緩やかにカーブを描く階段を半分ほど降りたところで、正面の扉が開きました。
「トリシャっ! なんて美しい……僕の天使、こちらへ」
両手を広げて飛べとでも言うのでしょうか。言いそうですが、危ないので歩調を早めました。微笑む彼の腕を見ながら踏み出した足が、がくりと落ちます。あ、踏み外してしまったかしら。焦った私を、駆け寄ったエリクが抱き止めます。膝が崩れた状態の私が目を開けると、エリクの顔が近くにありました。
皇帝陛下――その地位に就く方が整った外見をしているのは、貴族最上位と考えれば当然です。王侯貴族は美しい伴侶を娶ることで、その容姿を武器にしてきました。頂点に立つ皇帝陛下が麗しいお姿をしているのは分かっていますが、思わず頬が赤くなります。
柔らかそうな頬、すっと真っ直ぐな鼻梁や微笑みを湛える口元、見惚れる私にほんのり花の香りが漂ってきました。青い瞳がまるで空の色のようで、吸い込まれそうですね。
「足は痛くない? どこかぶつけなかった?」
心配するエリクに頷き、しっかり自分の足で立ちました。痛くありませんので、大丈夫でしょう。スカートの下で足を確かめた私は、顔を上げて近い距離のエリクに息を止めます。どきどきして、このまま心臓が破裂しそう。異性とこんなに近くで、優しく見つめられたなんて……記憶にありません。
「急かした僕が悪かったね。さあ、行こうか」
女性騎士が下がったため、エリクがエスコートの手を伸ばします。今度は彼の手を取ると、するりと腕に絡められました。
「僕達は婚約するんだから、腕を組んでもいいよね」
婚約者ならば問題ありません。ですが……私は本当にエリクの隣に立っても良いのでしょうか。魔女と呼ばれる女を、いつか彼は疎むのではないかと怖いのです。それはただの忌み名ではないことを、私は知っていて黙っている。その卑怯さに俯きかけ、今だけと自分に言い聞かせました。
エリクが私を魔女として断罪するまで、僅かな時間だけ隣にいる喜びをください。それだけあれば、首を刎ねられても構わないのです。少しの夢を見させてください。その間だけあなたを騙すことを、見逃して欲しいのです。なんとか微笑みを浮かべて、私は腕を絡めたエリクの肩に頭を寄せました。
準備を終えて確認し、ソフィが頷く。
「お美しいですわ。さすがベアトリスお嬢様、完璧に着こなしておられます」
「ありがとう」
こういう場で、貴族令嬢は謙遜してはいけない。褒められるのを受け止める鷹揚さが必要なの。養女になってからずっと教育された内容が過ぎった。微笑んでお礼を口にして、ソフィの案内で開いた扉をくぐる。護衛の女性騎士が、さっと斜め後ろに立った。
公爵令嬢として育てられたから、こういう時は振り返らないものと教えられてきた。迷ったけれど、半歩だけ足を引いて軽く振り返る。初めてですから、挨拶は最低限の礼儀でしょう。
「エリクの双子の騎士様に似ておられますね。よろしくお願いします」
目を見開いた女性騎士は、あの双子によく似ていました。顔立ちはもちろん、誠実そうな雰囲気もそっくり。居心地がいいわ。この方はきっと優秀なのでしょうね。エリクが選んでくれた騎士なら、私も心から信頼できそう。
微笑んで会釈し、姿勢を正して廊下を歩く。公爵家がすっぽり入りそうな大きな宮殿は、これでも離宮なのだという。一国の王宮でもおかしくない、豪華で美しい装飾と家具は私の目を楽しませてくれます。
絨毯は雅な柄が織り込まれ、ふわりと足を包んでいました。素足で歩いたら気持ち良さそう。靴で踏むのが勿体ない気がします。階段に着くと、女性騎士が一歩前に出ました。足を踏み外したり落ちた時に支えるためです。それでは騎士の方が危ないと思うのですが、お断りすると実力不足を指摘することになると聞きました。
そっと指先を預けて降り始めます。緩やかにカーブを描く階段を半分ほど降りたところで、正面の扉が開きました。
「トリシャっ! なんて美しい……僕の天使、こちらへ」
両手を広げて飛べとでも言うのでしょうか。言いそうですが、危ないので歩調を早めました。微笑む彼の腕を見ながら踏み出した足が、がくりと落ちます。あ、踏み外してしまったかしら。焦った私を、駆け寄ったエリクが抱き止めます。膝が崩れた状態の私が目を開けると、エリクの顔が近くにありました。
皇帝陛下――その地位に就く方が整った外見をしているのは、貴族最上位と考えれば当然です。王侯貴族は美しい伴侶を娶ることで、その容姿を武器にしてきました。頂点に立つ皇帝陛下が麗しいお姿をしているのは分かっていますが、思わず頬が赤くなります。
柔らかそうな頬、すっと真っ直ぐな鼻梁や微笑みを湛える口元、見惚れる私にほんのり花の香りが漂ってきました。青い瞳がまるで空の色のようで、吸い込まれそうですね。
「足は痛くない? どこかぶつけなかった?」
心配するエリクに頷き、しっかり自分の足で立ちました。痛くありませんので、大丈夫でしょう。スカートの下で足を確かめた私は、顔を上げて近い距離のエリクに息を止めます。どきどきして、このまま心臓が破裂しそう。異性とこんなに近くで、優しく見つめられたなんて……記憶にありません。
「急かした僕が悪かったね。さあ、行こうか」
女性騎士が下がったため、エリクがエスコートの手を伸ばします。今度は彼の手を取ると、するりと腕に絡められました。
「僕達は婚約するんだから、腕を組んでもいいよね」
婚約者ならば問題ありません。ですが……私は本当にエリクの隣に立っても良いのでしょうか。魔女と呼ばれる女を、いつか彼は疎むのではないかと怖いのです。それはただの忌み名ではないことを、私は知っていて黙っている。その卑怯さに俯きかけ、今だけと自分に言い聞かせました。
エリクが私を魔女として断罪するまで、僅かな時間だけ隣にいる喜びをください。それだけあれば、首を刎ねられても構わないのです。少しの夢を見させてください。その間だけあなたを騙すことを、見逃して欲しいのです。なんとか微笑みを浮かべて、私は腕を絡めたエリクの肩に頭を寄せました。
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